ああ言えばこう言う啓示板



皆様の啓示にあふれた一言をどうぞ・・・
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カテゴリ:[ 子供/学校/教育 ]


546件の内、新着の記事から50件ずつ表示します。


[554] ネル先生、お久しぶり。

投稿者: SuperT 投稿日:2017年 3月 7日(火)15時14分57秒   通報   返信・引用

 昔は私の主戦場だったBBS、ここ何年もすっかり枯れてしまい、たまに書き込みがあったりすると妙に緊張して、それで返事がおくれました(と、とりあえず言い訳)。

 それとともに早一年余り、家族以外と会話をする機会もずいぶん減ってそれでうまく返事ができなくなっている、ということもあるかもしれません。

 私の日々は晴耕雨読、とは言っても今は農閑期なので晴読雨読、晴れの日も雨の日も引きこもっております。しかしそれなりに忙しく、現在の家に引っ越して20数年、その間ものの整理はほとんどせず、あるものを奥へ奥へと突っ込んできましたので、それを出して出して整理して処分してと、そんなことをしているうちに一年があっという間にたとうとしています。

 今でも現場の先生のお話をうかがうと少々血の沸く感じがあり、生き生きと働いていたころのことが思い出されます。生徒指導と教科指導が好きだと、中学校の現場は天国みたいなところです。私は教員になっていなければ漁師になっていた人間なので、波と戦って魚と戦って釣果を挙げて帰ってくるというのは性に合っているのです(ホントのことを言うと漁師町の人間でもなければ釣りも息子と少々やった程度で趣味ですらなかったので、「漁師になっていた」も単なる比喩表現ですが)。
 40歳代というのはそういうときで、人生の中でも一番豊かな時期です。さらに言えば私は「子育て」が最大の趣味でしたので、その意味でも一番楽しく、面白い時代でした。

 その二人の子も今では成人してしまい、一人はまだ学生ですが心配しても手も伸ばせず、親と言うよりは単なる金ずるに身を落としてしまいましたからさっぱり面白くない。
 孫の成長は楽しみとは言え「遠くの孫より近くの猫」(←これ、私の知り合いの名言です)、かまったり遊んでやったりの機会も少ないので生きる励みとはなっていません。
 やはり苦しくとも仕事があり、責任があって力の発揮できる場があることはいいことです。

>私と同じように自分で勝手に勉強すれば?そうでないと身につかないわよ。
 それはそうですが、マアそんなことはおっしゃらず、面倒を見てやってください。「私と同じように自分で勝手に勉強」できる子はむしろ少ないのです。

 私たちが通常「勉強」と呼んでいるものは中国では「学習」と言うのだそうです。「勉強」と言うのは読んで字のごとく「強いて勉める」こと「いやいや行う」ことを言うみたいです。
 さまざまな文化が中国から伝わってきた千数百年前の学生にとっても、学習はいやいやするものであってそこから「学習」と「勉強」が混同されたのでしょう。

 小学校はもちろん、中学校でも生きていくうえで最低限必要な(ないとあまりにもカッコウの悪い)知識・技能と言うものがあります。
「薬品というのは無闇に混ぜるものじゃない、それはトイレ掃除をする時も大切だ」とか、
「『桶狭間』というのは古くなってタガが緩んだためにできる桶板の隙間のことじゃない」とか、
「方程式というのは分からない数をxやyで表した式のことで、計算していくと最後にはそのxやyが分かるようになっている」とか、
 その程度の知識が残っていないと場合によってはひどい目に遭います。そしてその程度の知識を残すために、あんなにたくさん勉強しなくてはならないのです。なにしろ私たちは使わない知識の8割以上を忘れてしまうのですから。
 と上から目線で言っているようですが、実は下から見上げているのです。何やかや言っても、「やはり苦しくとも仕事があり、責任があって力の発揮できる場があることはいいこと」なのですから。

 何か書いているうちに寂しくなってきました。
 最初に、
「今でも現場の先生のお話をうかがうと少々血の沸く感じがあり、生き生きと働いていたころのことが思い出されます」
と書きましたが、実はそれは「現場の先生のお話をうかがうと」という条件付きでの話で、何の脈絡もなく、ふと思い出す昔のことはほとんどすべて「失敗したこと」「他人に嫌な思いをさせたこと」「怒られたり叱られたりしたこと」ばかりなのです。

 私はどんな嫌なことがあっても、一晩寝ると忘れられることを強みに生きてきた人間です(記憶力が弱いだけなのかもしれない)。ですからそれぞれの事件・事故の渦中にあったときはほとんど苦しんでいなかったのに、反省や後悔をしなかったぶん、今になって浮かび上がってくるのかもしれません。本当はいい仕事も役立つ仕事もたくさんしてきたはずなのに、ほとんど思い出せないのです。どうしてでしょう?
 嫌なことですね。

 まだずいぶん先のことですが将来、ネル先生は現在のご自分のことをどんなふうに思い出されるのでしょう? 遠いいつか、またその話もしましょう。

 上のお子さん、中学受験とか。
 勉強は最後の砦で最後のハードルです。
 非行の子も不登校の子も、勉強のできる子は最後で何とかなる。しかし勉強の全くできない子はそれが大きなハードルとなって最後に立ちはだかる――「だから非行少年や不登校の子こそ勉強しなくちゃいけない」という非現実的なことをいつも考えていました。

 せっかく勧められているのですから精一杯勉強――じゃなくて「学習」させ、プロフェッショナルの道を歩ませるのがいいのかもしれませんね。

 またご連絡ください。いつでも気にしています。





[553] 近況報告

投稿者: ネル 投稿日:2017年 3月 1日(水)02時12分38秒   通報   返信・引用

SuperT先生

ご無沙汰しています。
お元気ですか?

私は何とかやっています。
昨年度は私立高校の先生と一緒に仕事をすることが多かったのですが、今年度は一転、公立中学の先生との縁が深く、いろいろと興味深いです。

先生個人の性格もあるのでしょうが、生徒指導に関して、同じ公立でも、中学と高校とでは、こんなに違うものかと驚きました。
全然、発想が違いました。
彼らには、生徒に考えさせるという発想がほとんどなく、「先生がルール」でした。
選抜試験を経ていない10代前半の集団を動かそうと思うと、そうならざるを得ないのかもしれません。

授業について、中学は高校とはずいぶんスピードが異なり、興味深く感じました。
1つの事象にゆっくりじっくり取り組めることには、正直言って羨ましく思いました。
1つ1つを教師が積み上げてあげているイメージを持ちました。
私の中では、高校は、たくさんの概念を生徒自身が一度に積み上げて行かなくては、到底間に合わないというイメージです。
中学は面白いぞと思いました。
授業の実践研究も、圧倒的に中学の方が多いです。

このように書くと、「生徒指導より授業」という気分でいるように見えますが、実のところは、自分は圧倒的に生徒指導の方が好きなのだと感じています。
生徒指導に関しては、こちらでお世話になったり、有能な先輩方からご指導いただいて、それなりに自分の中に信念のようなものが形成されています。
一方で、学校の先生になったくせに、授業することは嫌いみたいです。
自分が勉強することは楽しいけれど、他人が勉強することには関心が薄いというか、どこかで「私と同じように自分で勝手に勉強すれば?そうでないと身につかないわよ。先生がどうかなんて関係ないわ。先生から引き出すのも生徒の力量よ」と思ってしまう自分がいます。
高大接続が問題になっていますが、そもそも20歳弱の一度しか大学に行くチャンスが実質的にはないことが問題で、社会人のアクセスを良くすれば大部分は解決すると考えているので、ほとんど噛み合いません。
ほとんど、自分の生き方がそのまま反映された考え方です。
しかし、自分の中高時代のこと、自分が社会人学生として短期留学したことや文系大学を卒業したこと、WEBサイトを運営していたことなどは口にしていないので、自分の考えを口にする機会はほとんどありません。

日々、苦手な仕事ばかりしていて、早くこの環境から脱出したいと思っています。
一方で、どっちにしろ私たち40代が極端に少ない現状を考えると、一教師としてのんびりさせてはもらえないのだろうと思うと、大変憂鬱です。
先輩方のように、一部の能力ある人たちが出世競争をし、それに興味がない人たちは一教師としてこぢんまりとやっていけるのだと思っていました。


別件ですが、我が子たちは、二人とも元気です。
下の子もいよいよ小学生。
支えてやらなければと思うのですが、なかなか時間も心も余裕がありません。
就学相談は、上の子の時に意味がなかったと感じたので、今回はしませんでした。
上の子は、療育センターの勧めもあり、中学受験させることにしました。
どうなることやら。



[552] 傍若無人先生

投稿者: SuperT 投稿日:2016年12月31日(土)23時14分51秒   通報   返信・引用   編集済

 つい数日前、12月28日の記者会見で電通の石井直社長は、
「電通の企業風土をどうみているか」という記者質問に対し、
「社員のプロ意識が強く、120%の成果を求め、仕事は断らない。そのすべてが過剰だった」
という意味の内容を答えています。
 その上で、
「歯止めがかけられなかったのは経営側に責任がある」
と語っていますが、学校の経営者(教委や学校管理職)は歯止めをかけようともしていません。
「プロ意識が強く、120%の成果を求め、仕事は断らない」
は学校の先生たちもそうですよね。
しかも電通は私が「ああ言えばこう言う辞典」のCMを2000円で打ってくれと言ったら絶対に断るのに対し、学校はすべての仕事を断りません。なぜなら要求されるものが金に換算できない「子どもの学力を上げろ」とか「道徳性を高めろ」とかいったものばかりだからです。
「はい、がんばります」
と言って本気で頑張ってしまうのが今の日本の学校教師なのです。
その上で、さて、行きつくところまで行きつめた先生たちの果ては、自殺と不祥事とちらがいいのでしょう?
なにか絶望的な二者択一ですよね。
そこまで行きつめないように、お互いに見守っていくしかありません。
教師を見守ってくれるのは教師しかいないのかもしれないのです。

2017年、それでも頑張りましょう。
良いお年を。



[551] 学校が壊れゆくとき

投稿者: 傍若無人  投稿日:2016年12月31日(土)16時44分0秒   通報   返信・引用

こんにちは。
皆様,お変わりございませんか。

例年,大晦日あたりにつべこべと愚痴をたれる傍若無人ですが,
今年はホンマにたまっとります。
ここに書く全てが新聞記事になっているので,
身バレを恐れて,一部フェイクが入ります。
不愉快なら聞き流していただいて結構ですが,
他に言うところがないので(自己都合)…

昨年あたりから管理職のありように文句を言っている傍若無人ですが,
あきれてモノが言えん状況になっとります。

昨年末の大事件で,勤務校は付近の中学校の支持をすっかり失いました。
すぐにでも大勢が出願してくる中学校に管理職が出向き,
状況説明をしなければならんところでした。
なぜなら,学校の責任でない部分が多かったからです。
しかも,荒れた中学校区では塾頼みの生徒が多いので,
塾回りもせんといかんやった。

でも,なぁ~んにもせんやった。

大事件のあとの失地回復に,教員が努力せんといかんことぐらいはわかってます。
ところが,アカの他人から言いがかりに近いような苦情の電話やら,
保護者アンケートに無理無体が書いてあったりしたら,もう大変。
その全てに過剰反応して騒ぎだし,
「担当者」ということで,ヒラの教員を苦情の矢面に立たせます。
そうこうするうちに、今度は若いA教員が不祥事を起こしてしまいました。
決して弁護したり,かばうことができない事件でしたが,
そのA教員はその右往左往にこき使われていた人でした。

で,学期末です。
息巻いて管理職に逆らうようなコドモはいませんが,
(いたんだけど,もう何も言わなくなってしまった)
誰もが全く学校運営というものに協力しなくなっています。

何をどう思いついたのか,
「校内の清掃をする」
と言い出して,突然土曜日に窓磨きのため休日出勤を募り,
学期末の書類整理にみんなが走り回っているところで,床磨きを始める。
しかし,生徒指導も成績不振者への指導はしない。
もう,誰も協力しないし,気も遣いません。

傍若無人は新採用の教員に言いました。
「見ててごらん。学校が壊れていくところだから」

彼らは5年以内に転勤していきます。
経験を積んだ彼らが学校の中枢に入るとき,
二の轍を踏まなければいいのですから。

傍若無人は今,家族に重病人を抱えています。
先行きは明るくありませんが,
本人はよれよれになりながらも,戦闘意欲十分。
生徒にも,自分の子どもたちにも,
「振り返るな,立ち止まるな。闘え」
と教えている傍若無人です。
ここはひとつ,頑張らなきゃならん。

今年もありがとうございました。
よいお年をお迎えください。



[550] 皆さま

投稿者: SuperT 投稿日:2016年12月16日(金)10時52分38秒   通報   返信・引用

BBSというのもずいぶん廃ってしまいました。かつては私の主戦場でしたが、今は休眠状態です。
そんなおりにプレミア版の更新時期となりましたので、私としては無料版に戻したいと思います(広告が出て、過去ログの量が減るだけみたいです)。
1月を終えますと、過去ログのうちの多くが削除となります。
必要な方は、今のうちに保存しておくようにしてください。そのために1ページに50スレッドが表示できるようにしてあります。



[549] SuperT先生

投稿者: ネル 投稿日:2016年 1月12日(火)00時09分56秒   通報   返信・引用

SuperT先生

なかなか連絡せずに,ご心配をおかけしました。
普段から筆が遅いのに,とにかく尋常な精神状態ではなく,まとまった文章を書く気が起こらなかったのです。
すみません。

「うまく行かないのは加齢のせい」については気にしてません。
そもそも,「うまくいかないのは発達障害のせい」と書いたつもりはなくて,発達障害かもしれないという不安と並列に書いたつもりだったのに,うまく表現できていなかったな,と思っただけです。
文字だけのやり取りは難しいですね。


>  結論の出るような話ではありません。ただし話しているうちに分かったことは,私たちがともに「発達障害の人が増えている」という印象を共有しているということです。それだけは間違いないでしょう。

本当にそうですね。
私の周りでは,食品添加物説をとなえる人もいます。
私は,発達障害の人も子孫を残しやすい世の中になったからだと思っていたりします。
結論は出ませんね。



>  典型的なADHDとかアスペルガーとかいった人の数は昔も今も変わりないのですが,グレーゾーンだったり変形型や重複型,あるいは症状が別のかたちで出ていたものの一切を,私たちが「発達障害」というくくりでひとつのものとしてみるようになったからかもしれません。

名前がついたことで,存在が感じられるようになった,というのは間違いなさそうですね。
保護者世代は「昔の子ども」であるはずだけど,やはり増えている印象を受けますから。


> ただし先生の見立てが正しければ,発達障害の家族の許で育った子ということにはなります。そういう意味では何らかの影響は受けているのかもしれないとも思えます。

> 何といっても家庭の中に非常な困難を抱えた人がいると家族全体にバイアスがかかってくるからです。(略)すると構成員の社会に対する処し方も少し違ってくるのかもしれません。ただしそれはもちろん障害ではないのです。

私は,T先生に指摘されるまで,人の心を裏読みするのは当然のことだと思っていました。
母が必死になって教えたからです。
以前にも書いたことがあるかもしれませんが,
・自分の考えは間違っていると思え。自分はだめな人間だから,他の人の判断を待って行動しようという心構えでいなさい。
・人の言うことを真に受けてはいけない。必ず,その人がどのように考えているのか,裏を読みなさい。
という調子で仕込まれてきましたから,窮屈で仕方ありません。

もっとも,自閉はなくても,多少のADHDはあるかもしれません。
昔からぼけーっとした子どもでした。
ただ,その可能性を考えても,ちっとも心が乱れません。
なぜでしょうね。


> ひとりでたくさんのものを抱えていますね。それはとても無理です。今でもたくさんのネットワークをお持ちでしょうが、今年はさらにそれを広げていく必要があるかもしれません。

大したネットワークは持ち合わせていません。
どうすれば楽になるのか,ゆっくり考えたいと思います。
(仕事が大変で,考えるヒマがないのですが・・・。)



[548] ネル様

投稿者: SuperT 投稿日:2016年 1月 8日(金)11時32分1秒   通報   返信・引用

 お久しぶり。今年もよろしくお願いします。
 そして書き込みありがとうございました。
 前回の書き込みから半年以上、まったくお話がないのであの時のお返事に「うまく行かないのは加齢のせい」などと書いたのを怒っておられるのではないかと苦にしていました。
 これからも余計なことを言うかもしれませんが他意はありません、どうかよろしくお願いします。

 さて、
「それにしても,以前に比べて発達障害の人が増えているような気がします」
とおっしゃる件。これについて私のとても尊敬する特別支援教育の教諭と話したことがあります。
 私はこんなふうに申し上げました。
「発達障害の割合は大昔も今も変わらないはずです。人類はそんなに簡単に進化も変化もしません。昔も周囲とうまく合わせられない、ちょっと風変わりな子はいたはずだけど、そういう子は小さなときから周囲に叩かれて、必死に学習させられてきたのです。どうしたら人を怒らせないか、どやったらうまくやりくりができるかって。
 けれど今は『そのままのキミでいいよ』って時代でしょ? いじめはもちろんケンカもいさかいも止められてしまう時代だから文字通り『そのまま」で大きくなってしまっている。学校だって『個性尊重』を強制されているから『人格矯正』のようなこともやらない。発達障害が増えてきたように見えるのはそのためです」
 しかしこの論法は相手の先生には受け入れられない者でした。いじめや体罰を是認しかねないというのも理由のひとつだったのかもしれません。
その先生の論はこうです。
「昔と今とでは子どもたちが受ける刺激の量が違うでしょ。テレビにマンガにインターネット。そうした刺激によって本来持っている困難な部分が増幅されてくるのです」
 結論の出るような話ではありません。ただし話しているうちに分かったことは、私たちがともに「発達障害の人が増えている」という印象を共有しているということです。それだけは間違いないでしょう。

 それともうひとつ。
 典型的なADHDとかアスペルガーとかいった人の数は昔も今も変わりないのですが、グレーゾーンだったり変形型や重複型、あるいは症状が別のかたちで出ていたものの一切を、私たちが「発達障害」というくくりでひとつのものとしてみるようになったからかもしれません。
 私はかつてどうにも解釈できないような小学校4年生の男の子に関わったとこがあります。その子の担任である特別支援学級の担任と一緒に、行為障害じゃないか愛着障害じゃないか、双極性うつじゃないか、単なるうつなのかと、あらゆる概念を持ち出して話をし続けたのです。
 診断の結果は、
「軽度発達障害、しかし症状は重い」
「軽度だけれど重い」はどう見ても形容矛盾なので改めて問い合わせると、
「障害としては軽いのだが、さまざまにいじられ、こねくり回され、いろいろされることによってその表に出るもの(症状)が重度になっている」
 という意味でした。今のわかりやすい言い方だと、「二次障害が重度」といったことです。

 しかし驚いたのは、改めて「この子は『軽度発達障害、しかし症状は重い』子なんだあ」と思ってみると、確かに鮮やかに発達障害なのです。行為障害だの双極性うつなどを持ち出したのがバカげていたように思えるほどの発達障害なのです。
「私たちが『発達障害』というくくりでひとつのものとしてみるようになったから」増えように見えるというのはそういう意味です。

 ちなみに今紹介した子は、医者や保護者や私たちの努力によって、その後、生活に大きな改善が見られました。やはり正しい診断って大切ですよね。発達障害と分かればそれなりの対応をすればいいのですから。
逆に言えばそれまでの私たちの努力は何だったのでしょう、ということになります。症状をこじらせていたのは私たち自身でもあるのです。

「何より,同僚が無駄に傷つかずに済むのは大きいような気がします」
まったくその通りです。そして多くの場合、保護者も本人も救われるのであって、私たちはもっと勉強しなくてはなりません。

さらにもうひとつ。
ネット上でのネル先生との付き合いはもう15年ほどにもなりますが、先生が発達障害などと感じたことは一度もありません。ただし先生の見立てが正しければ、発達障害の家族の許で育った子ということにはなります。そういう意味では何らかの影響は受けているのかもしれないとも思えます。
何といっても家庭の中に非常な困難を抱えた人がいると家族全体にバイアスがかかってくるからです。よく「学校ではとても難しいのに家庭では何の問題もない」ということがありますが、それはその家族が「その子仕様」になっているからで、不協和を起こさないように家庭自体が構築されているのです。すると構成員の社会に対する処し方も少し違ってくるのかもしれません。ただしそれはもちろん障害ではないのです。

ひとりでたくさんのものを抱えていますね。それはとても無理です。今でもたくさんのネットワークをお持ちでしょうが、今年はさらにそれを広げていく必要があるかもしれません。



[547] あけましておめでとうございます。

投稿者: ネル 投稿日:2016年 1月 3日(日)23時47分6秒   通報   返信・引用

今年もよろしくお願いします。

新しい職場も8カ月になりますが,まだ全然慣れません。
たぶんずっと慣れないだろうと思います。
秋には心身ともにかなりまずい状態になっていましたが,冬休みにリフレッシュし,久しぶりに人間らしい感覚を取り戻しました。
明日からまた仕事ですから,この感覚がいつまで続くかは分かりません。
それでも前の職場よりはマシだと思っているので,「帰らなければならない」という恐怖も私を余計にまずい状態に追いやっています。

> 現在の多くの学校は、異常な才能か異常な努力を前提にしない限り動かない仕組みになっています。

↑まさに前の職場がこのような感じで,みんな才能はありません(あったらよその業界に行く)から,異常な努力(=異常な残業量)で乗り切っていて,それを自慢しあうというおかしな学校でした。
定年にはまだ早いのですが,それでも指折り数え始めています。
何かのタイミングで辞めるかもしれません。

最近,私学の先生と仕事をすることも多く,私学のイメージがかなり変わりました。
なんとなく私学は教員がこき使われるイメージをもっていたのですが,コスト意識が高い分,(私がいた)公立のようにどこまでも無理な要求がなされるわけではなさそうです。
「選択と集中」が行われています。
集中するところがあれば,手薄になる(する)ところもはっきりしています。
どこも削りませんと言い張る公立より,よっぽど信用できそうです。
「我が子を(この地域の)公立には行かせたくないね」と,私と同じ境遇の人たちともよく話すようになりました。
教員(というより校長)の自己満足のために,子どもが犠牲にされかねないと危惧しています。
それまで(産休に入るまで)は,少なくとも県立高校は胸を張れると思っていたのですが,私が育休を取っている間におかしな方向に行ってしまったようです。
10年後にはまた変わるでしょうか。

子どもたちの近況報告です。
下の子の発達検査を2年半ぶりにしましたが,上の子の時のように顕著な結果は出ませんでした。
私自身は,この子にはっきり診断がつくようなら私も発達障害だろうと思っていたので,そこまでではないということは分かりました。
上の子は,小さいことはいろいろ起こっていて,久しぶりに発達障害専門の教室に通うことになったのですが,それも月一回程度です。
勉強はよくできるので,今のところ保たれています。

発達障害といえば,発達障害について勉強しておいてよかったことを書きます。
今の職場も学校ですので,保護者もいて,保護者に悩まされる教員もいます。
一度もお会いしたことのない保護者ですが,ある時,同僚の話を聞いていて,これは自閉症スペクトラムだろうとピンときました。(義母や実母とやってることが似ています。)
それから,状況はやや改善しつつあります。
何より,同僚が無駄に傷つかずに済むのは大きいような気がします。
ちなみにこの件,カウンセラーが間に入っています。
自閉症という指摘はされませんでしたが,なかなか良い仕事をされているようです。
優秀なカウンセラーなのでしょう。
このような方なら,間に入ってもらうのも悪くないと思いました。
ただし,このスタイルにするなら,旧来の日本の指導方法は転換をはかるべきだと思います。
学校(教師)の責任の範囲を明確にして,学校を一歩出たら責任はすべて保護者が負うという欧米型のスタンスでないと,このスタイルには意味がないように思います。
学校外の情報がもらえないのに,学校に責任を負うことはできません。
私は学校(自分の仕事)の負担を軽くしてもらって,我が子の責任をしっかり負いたいタイプなのでいいのですが,多くの保護者はそれで納得するのか,疑問が残ります。

それにしても,以前に比べて発達障害の人が増えているような気がします。
私のまわりだけでしょうか?



[546] 傍若無人先生、よろしくお願いします

投稿者: SuperT 投稿日:2016年 1月 1日(金)06時56分48秒   通報   返信・引用

 あけましておめでとうございます。
 本年もよろしくお願いします。

 さて、傍若無人先生。2015年も大変な年だったようで心からご同情申し上げます。高校は義務教育に比べると1校の職員数が多いのが普通ですが、それでも複数の休職となるとほかの先生が他の負担も半端ではなくなります。そしてなにより生徒に申し訳ない事態が続きます。
 しかし当の休職された先生にしても、そうした教職人生、そのような状況を目指して生きてきたわけはなく、ほんとうにお気の毒です。特に崖から落ちてまた崖を登り、その縁をしばらく歩いてはまた落ちてしまうような虚しい日々を送られている姿を見ると、衷心より、これはどうにかならなかったのかと強く感じます。
 どのような仕事であれ超人的な才能の超絶的な努力を前提としてはいけないのであって、普通の人間の日常的な努力を最低限に設定されるべきです。しかし現在の多くの学校は、異常な才能か異常な努力を前提にしない限り動かない仕組みになっています。
 しばしば教育庁や管理職はアホな提案をしたりしますが、それも基本的に打つ手がなくなってしまっているからでしょう。

 先日の新聞に、文科省が各校に専門家を配置する計画のあることが記されていました。しかし学校の外にいる教育の専門家というのが私は想定できませんし、心理の専門家や教育学の専門家が鮮やかに問題を解決していった例も見たことがありません。 やはり日々、児童生徒に接している現場の専門家=教師たちに期待するしかないのです。その先兵が潰れて行ってしまう。
 私は一時期、もっと先生たちが死ななければ学校社会はどうにもならないのではないかと思ったことがあります(そのころ、もう子育ての済んでいる副校長先生に「先生、いかがですか?」と勧めてずいぶんと嫌がられました)。しかしそんな無茶な話にせずとも、状況の改善は図られなくてはならないはずです。
 “教員が困っている”ということでは誰も動いてくれません。だったら担当教師が数か月も不在の状態があちこちで進行して生徒が困っているということを訴えていくべきかもしれません。今頃になってふと、そんなことを思いました。
「心の病気による休職者5000人超」という記事の背後には、教科担任がいないままに時を過ごしている数十倍の児童生徒がいる――こんな単純なことが問題にされてこなかった、それこそ問題なのかもしれません。

 傍若無人先生も退職がターゲットになってこられたとか。御身お気をつけくださるとともに、これからの学校をどうしていくか、新たな提案を続けてくださるとありがたいのですが。

 本年もよろしくお願いいたします。



[545] 来年もよろしく

投稿者: 傍若無人  投稿日:2015年12月31日(木)19時51分49秒   通報   返信・引用

「定年」という単語が身近になり,ますます勤労意欲がなくなっている傍若無人ですが,
皆様,如何お過ごしでしょうか。
二学期も終わりを迎えた頃に勤務先で大事件あり,年末のあれやらこれやらが全てぶっ飛びました。
大晦日のこの時間になって,ようやく一息ついています。

さて,傍若無人の勤務校の動静です。

傍若無人の勤務校は国語科B教諭(昨年末の書き込みと同じ人)の休職1で新年度が始まりました。
そのB教諭,2学期になって復職。
しかし,B教諭はここ数年にわたって,休職,復職を繰り返しています。
大丈夫かよ,と他人事に思っていた傍若無人ですが,よーく考えたら,傍若無人がトップの校務分掌やんか。
まじめが服を着て歩いているような人なので,仕事を全然回さないわけにもいかんし,
まさに,腫れ物を触っておりましたが,2週間でアウト。
9月に常勤講師を探したって,そんなもん,おらんよ。
それでも何とか1ヶ月かけて後釜を見つけたら,
今度は国語科のC教諭がぱたっと学校に来なくなり,そのまま休職。
10月に…(以下,同文)。
常勤講師がやってきたのは2学期の授業が終わってから,…って,役に立たん。
そこへ,先ほどの大事件発生。

毎年,複数の教員が休職に追い込まれるし,1年に2人亡くなったこともある。
スクールカウンセラーの世話になる生徒も,かき集めたらひとクラス近くおる。
食事も作ってもらえない生徒もおれば,
5時半に家に帰ってないと学校に苦情の電話をかけてくる親もおる。
親の過大な期待に押しつぶされている生徒もおれば,
「オマエはバカ」と親に言われてうつむくしかない生徒もいるのだ。

そんな中,管理職が取った対策が「服装指導の徹底」と「生徒心得の見直し」。
苦労している担任とカウンセラーをバカにしてるとしか思えん。

さて,3年生の受験勉強も佳境に入って参りました。
傍若無人は3年生を担当していませんが,クラブの関係で遅くまで学校におります。
すると,教室で勉強している3年生が質問にやってきます。
傍若無人は名前もクラスも知らん生徒ですが,アテにしてくれています。
…頑張らにゃならん。

今年は多忙を極め,ずっとROMでした。
来年はもうちょっと書き込めるようにします。
ST先生,よいお年をお迎えください。





[544] ネル様

投稿者: SuperT 投稿日:2015年 5月 2日(土)22時22分57秒   通報   返信・引用

 お久しぶりです。
 仕事を代わった4月、ほんとうに大変ですよね。小学校から小学校、中学から中学あるいは特別支援から特別支援といった転勤なら良いのですが、職場の形が大きく変わる4月はほんとうにシンドイ。
 私も中学校の教員になった時、小学校に異動したとき、管理職としての異動、そして(また改めて書きますが)今、職種が変わるたびにその4月は深刻でした。中でも中学から小学校に移った時は、同じ教職なのにこれほどと、ほんとうに大変だったのには驚かされました。
 さて、もう十分にご存知かと思いますが、「障害」と「病気」の決定的な違いは、前者が基本的には「治らない」ということです。身体障害を考えれば明らかですが、同じ車いす生活でも骨折の場合、いつかは離れることができます。したがって「骨折」は病気の仲間に入れられ障害の仲間に入れられることはありません。
 障害は、訓練や教育によって「より良く生活できるようになる」ことはあっても完全に状況を脱することはできません。そしてまた基本的に「より良くなることはあってもより悪くなることはない」というのも特徴としてあげられます。ですから知的障害は障害であり、アルツハイマーは病気なのです。

(専門家でもないのに診断または見立てに類することをすると、今も私のサイトに来てくださっている《と思います》「大阪の体育教師」先生あたりに叱られそうですが)、
>昔は事務仕事は得意で、ほとんどミスがなかった
 というならこれは障害であるはずはなく、したがって発達障害ということではないでしょう。
 昔はできたのに今はできない、昔は得意だったのに今はうまくできない――こうした状況に際して、私たちが通常採用する説明は発達障害ではなく、(それがお気に召すかどうかは疑問ですが)普通は「老化」です。私などはしょっちゅう「老化」で自分を説明しています。
特に新しい環境に馴染むという点では、若者と同じ土俵に立つことはできません。

あるいは、年齢を重ねると期待される(期待されていると自分が考える)レベルが違う、ということもあります。
小学校に異動したときの私がしんどかった理由の一つは、明らかに自分が新卒のペーペーではなかったからです。もう40歳を越えていましたから誰も積極的に手を出してくれません。遠慮してしまいます。私の方も、新卒のペーペーではないのだからもっとうまくやらなければならないという見栄があります。
ただ、私の場合は「ほんとうに深刻になる前に心がスーッと逃げていい加減になれる」という(他人から見ればかなりあくどい)特徴がありますので、悪循環に陥ることがないのです。初期のミスに深くこだわると次のミスを防げません。ミスがミスを呼ぶだけで、これを普通は「悪循環」と呼んだりします。

 私自身が悪循環で苦しむということがあまりないので秘策というのも分かりませんが、孤独にならないようには注意したいところです。素直になり、他人の援助を引き出さなくてはなりません。
 私など、異動してきて3年たっても、
「すみません、異動してまだ日が浅いので教えてください」
とか言って他人に頭を下げていました。

 嘆いたって、隠したって、憤ったって、結局、できないことはできないのです。
 できないことは他人に手伝ってもらって、できることで恩返しするしかありません。
 私はそう思います。



[543] 転勤しました。

投稿者: ネル 投稿日:2015年 5月 1日(金)01時30分10秒   通報   返信・引用

T先生、こんにちは。

この春、転勤しました。
正確には、出向と言った方がいいのかもしれません。
学校ではありますが、全く異なる環境で、私自身が心のバランスを崩しています。
何もかもうまくいかないと感じています。
すべて自分が悪いと感じ、自分を責めてしまいます。
うまく適応できないのは自分が発達障害だからかもしれないと思い、「発達障害である」ということに異様な恐怖を感じます。
「あの子はワガママだから」と言われていて、これまでもいろいろトラブルがあったらしい生徒が、よく見ると発達障害の傾向がありそうで、辛くて見ていられません。
昔は事務仕事は得意で、ほとんどミスがなかったのですが、育休復帰後はミス連発で、転勤後もやはり連発しています。
何もかも、すっかり自信をなくしています。

気づいたら、友人は一人もいません。
仲良くしたらボロが出そうで、誰とも仲良くしたくありません。

我が子を、じっくり見る余裕はありません。
本当にいろんな人に申し訳ないです。

誰にも吐き出せなくて、ここに書き込ませていただきました。
ネガティブですみません。



[542] ネル様、明けましておめでとうございます。

投稿者: SuperT 投稿日:2015年 1月 5日(月)16時35分21秒   通報   返信・引用

 気にしていますので、ご報告いただけるのはありがたいです。落ち着いているようですね。
早い段階で疑い、早い時期から手を打つのはいいことです。特にお嬢さんの場合は、もし疑いの通りだったら「早く手を打っておいてよかったですね」、疑いが間違っていても「幼いころから丁寧なことができて良かったですね」と、どちらに転んでも有利です。

 発達障害の研究はまだ緒に就いたばかりです。また個別対応の部分がとても多い分野ですから、まだまだやれること、やらねばならないことがたくさんあります。
 誠実で、賢い母親を持たれた二人のお子さんは、 幸せです。

 PISAに関してはさまざまに疑問を呈してきましたが、一番の疑問は、たとえばPISAで一番になると何がいいの? ということです。
 かつての学力大国のフィンランドはノキアの凋落でほんとうに「何がいいのか」分からなくなりました。現在では中国(上海)・シンガポール・香港・台湾・韓国がトップファイブですが、この仲間にはいるとどう幸せなのか、イメージがつかめないのです。
同様に全国学力学習状況調査でトップを続けている秋田県についても、「だからどう?」という感じがしないわけでもありません。大学進学率が特に高いわけでも有名大学への合格率で群を抜いているわけでもないからです。
 確かに1位であれば気分がいいには違いありませんが、その“気分”と引き換えに失うものが多ければ、正しい選択とは言えないでしょう。

 こんなことに血道を上げるのは結局、先生たちが頑張って学力を上げてくれればウチの子でも東大に入れるかもしれないといった誤解に付け込んで、政治家たちが票集めの道具に使っているからとしか思えません。

 5~6年前に読んだ本に、「学校が責められるのは今がピーク、環境的には今が底。これからはずっと良くなっていくから先生たち、めげずに頑張ってください」といった内容がありました。しかしそれ、間違いだったようですね。

 しかし2015年も頑張りましょう。子どもに張り付いてしっかりと育てて行こうという意志と技能を持った人々は、組織としては学校を置いて他にないのですから。
 先生たちが頑張るしかないのです。

 本年もよろしくお願いします。




[541] あけましておめでとうございます。

投稿者: ネル 投稿日:2015年 1月 3日(土)22時11分8秒   通報   返信・引用   編集済

今年もよろしくお願いします。

ご無沙汰しているので、近況報告です。
昨年の4月に1年生になった息子ですが、順調に小学校生活を送っています。
小さな問題は起こっていますが、今のところすべてが想定の範囲内です。
懇談では、いくつか担任から気になるところを指摘されましたが、すべて具体的な支援法を提案できました。
担任からは「勉強になりました」とのお言葉をいただきました。
「とにかく、目に見えないものが苦手なので、すべて具体的に視覚化してやってください」とこちらから言っておいたからか、それからはこちらから言わなくても支援法を考えてくださっているようです。

娘は、発達検査では普通で、一度は療育センターを卒業しましたが、また舞い戻りました。
物事の順序をうまく組み立てられない、とにかく行動が遅い、など気になる点があり、フォローのためにも繋がっておいた方が良いという判断です。

学校(仕事)は、やってられないこと続きです。
最近、人と話すことが辛くなってきました。
生徒はいいのですが。
私も、病んでしまわないように気をつけなければなりませんね。

今年度、下一桁が「4」の歳になので、免許更新の講座を受けました。
一番期待していなかった「教育の最新事情」が面白くて、印象に残りました。
10数年前、10年経験者研修を受けた時には、教育学部の先生方の話のつまらなさに辟易しました。
今回は「必要な情報を提供します」というスタンスで、そこそこ為になったと思います。
特にPISAが「実生活で使える学力」をはかるものであるという話が印象に残りました。
復帰してから繰り返し言われた「国際化の時代に必要な学力」とはかなりの隔たりがあるように思われました。
他国の「実生活」と日本の「実生活」の違いが、結果の違いとして表れているだけの話なんじゃないかと思える今日この頃です。



[540] 良いお年を

投稿者: SuperT 投稿日:2014年12月31日(水)19時06分17秒   通報   返信・引用

こんにちは。
SuperT(悪相)です。

>逆ギレ。
>どーやら、見込みも目処も立ってないようやな。

 笑いました。校長先生としても相当イライラしていたのでしょう。痛いところは触れられたくないものです。

 臨時の臨時を探すなど前代未聞、空前ですが絶後ではないでしょう。
・・・と書いているうちに、私の知る範囲にそんな実例があったことを思いだしました。
 しかしそれは途中で潰れたというようなものではなく、ほんとうは採用すべきでない人に手を出してしまったといった話です(採用したら役に立たなどころではなく、とても危険な人だった)。
 長年教職にあった教員の代わりは、そうはいないのです。

 そんなふうに片方で絶望的な状況がありながら、しかし生徒は常に私たちに仕事を続ける喜びを与えてくれる(あるいは与えてしまう)、それが今回の傍若無人先生の書き込み主旨かと思います。
 実際そうですね。子どもが希望を与えるから教師は耐えられない環境にも耐えてしまいます。
 「パンドラの箱」の底に『希望』を入れたのは悪魔だったのかもしれません。

 さて2014年も教育界に希望は見えませんでした。2015年が飛躍的に良い年になるとは思えませんが、しかしそれなりに期待しながら、互いを支え合ってがんばって行きましょう。
 私も何か、考えて行きたいと思います。

 それでは、

 「よいお年を」

 



[539] よいお年を!

投稿者: 傍若無人  投稿日:2014年12月31日(水)02時13分0秒   通報   返信・引用   編集済

こんにちは。
童顔の傍若無人です(悪のり)。

傍若無人の勤務校は国語科A教諭の休職1で新年度が始まりました。
そのA教諭は2学期から復職、メデタシメデタシ。
それから半月も断たないうちに、同じ国語科のB教諭がうつ病の悪化で休職。
本人はマジメを絵に描いたような人で、
がんばってましたが、力尽きました。
となると、急いで臨時講師を探さなきゃならん。

そうだ、A教諭の臨時に来ていたC講師はどうだ?
「9月から普通のジジイに戻ります」
なんて言ってたじゃないか。
で、突撃しましたが、
とっくに、勤務校の近くにある他の学校の臨時講師に収まっていました。
どーやら、病人が出たらしい。
中間考査まであと少しという時期だったので、
仕方がないから、他の教員が回り持ちで授業に行ってしのぎました。

一月かけてやっと見つけたD臨時講師は、見た目、かなりロートル。
「大丈夫かよ」
などと雑魚が心配していたら、
9月から産休に入った英語科E教諭の代わりに入ったF講師が11月初めでアウト。
これは全くの想定外。
臨時の臨時を探すだなんて、聞いたことがない。。
この時期になると、いよいよ代わりは見つかりません。
また他の教員の回り持ちでしのいで、何とか2学期を終えましたが、
代わりが見つからんという事情があるとは言え、
事実上放置プレーになった英語科は暴動寸前。
職員会議で、英語科に気を遣った分会長が
「何とかならんのでしょうか? また誰か倒れますよ」
と言ったところ、校長が、
「そんなのは学校運営の問題。職員会議で言うことじゃない!」
と逆ギレ。
どーやら、見込みも目処も立ってないようやな。

これ以外にも、
2,3ヶ月に1度のペースでまるまる1週間休んで、
なんとかダウンを回避している人が1人。
しばしば保健室に逃げ込んで、
教室に入れない生徒と一緒にため息をついている人が1人。
この学校、一体どうなるんじゃろ。

実は、大学入試改革について書き込むつもりでおりましたが、
問題があまりにデカ過ぎて、まとまりません。
それ以前のこととして、今回の理科と数学の入試は、
先行実施された新教育課程の第1回目の入試となります。
傍若無人は、あちこちでミスやら事件が起こるのではないかと危惧しています。
そして、何が起こっても誰も責任を取ろうとせず、
受験生が泣き寝入りすることになるのではないか、と。

もし、泣き寝入りする受験生に傍若無人の生徒が混じっていたら、
絶対に黙っとらんからな。

今年よかったのは、指導するチームにインターハイ出場の目が見えたことです。
鉄板、安泰とは決して言えませんが、工夫しながらよく練習する選手が揃いました。
特筆すべきは、彼女たちの多くが成績会議で優秀者に名前を連ねていることです。
一方、監督の傍若無人は、新人大会では命が縮む思いをしました。
強いチームを持つってのは、大変なんだぁ。
このトシになっての大発見でした。

今年もいろいろ愚痴やら自慢話やら聞いていただき、
ありがとうございました。
来年もよろしくお願い申し上げます。



[538] くれあ様

投稿者: SuperT 投稿日:2014年11月 5日(水)09時02分23秒   通報   返信・引用

こうやって改めて見ると、いやはや学校はたいへんなところです。
最後の一行、
>これらが、本来の教師の仕事ー授業、子どもへの指導、評価、分析など以外にある。

 時間的にはここが一番多いわけですから、リストアップされた仕事がいかに負担なのかは自ずと分かりそうなものです。


財務省の言うところは、35人学級にしたのにもかかわらずイジメも不登校も減っていないじゃないか、費用対効果が見られないじゃないか、ということでしょう。話の持って行き方が悪かったのかもしれませんね。

昭和21年か22年ごろのことだと思いますが、私の父の弟、つまり叔父にあたる人が若くして病気で亡くなりました(何の病気だったかは聞き漏らしました)。医者からは当時の特効薬、ペニシリンを5本ほど打てば治るかもしれないと言われたのですが、とにかく高価で、3本分のお金しか集められず、それでもムダと承知で購入したそうです。

薬毒には効果を生み出すための最低の量(=閾値)があり、その分量以下では薬効も毒性も発揮できないのです。
35人学級はそもそも学校問題の特効薬ではありませんが、小学校1・2年生だけに実施しても閾値のはるかに下だったというのが実情でしょう。学校の諸問題を解決するにはそれでは足りないのです。

では、小学校1年生から中学3年生まで全学年で実施すればイジメや不登校はなくなるかというと、それも確証が持てません。そもそも40人が35人になるとものすごく余裕が出て来るわけではないからです。
40人学級というのは41人になったら2クラスにするという意味です。81人になったら3クラスです。つまり最低20人、最大40人のクラスにするということになります。
同様に35人学級は36人で2クラス71人で3クラスになります。一クラスの人数の幅は18人~35人です。
20人~40人に比べて劇的に状況が変わるわけではないことは数字上からもはっきりしています。

最初からそんなことは分かっていました。35人学級を求めた側もそれで学校問題の大半をよくするといったわけではないのです。それはあくまでも欧米並みの25人学級あるいは20人学級への橋渡しであって、究極的な目標ではありませんでした。ですから財務省にはこう言えばよかったのです。
「20人学級、25人学級を要求したいのはやまやまなだがそんなことはムリだろう。財務省もムリなら教員確保の面から文科省だって対応できない。だからとりあえず35から始めようと言っているのだ。ここで40人学級に戻すのは、これまでの予算投入をすべて投げ出すのと一緒で、納税者に説目責任が果たせないだろう。とりあえず小学校1年生から中学校3年生まで、全学年で35人学級を実施してそれから考えろ」
しかしこれを通用させるのはなかなか難しそうですね。

(以下、別の話)
ただし私個人は25人学級にも30人学級にも不賛成です。35人学級だって気乗りしません。なぜならこれだとクラスの最低人数が13人~18人になってしまい集団生活や役割分担を学ばせる上で支障が出るからです。
(さらに一クラス最大40人~45人を基本に蓄積してきた日本の公立学校の教授法を根本から見直さざるをえず、その場合のエネルギーロスが計り知れないというのも理由のひとつです)

本当は40人学級だって45人学級だって十分にやって行けたのです。クラスの全員が教師の言うことをよくきく、まじめで学習意欲の高い、そして賢い子であれば100人のクラスだって可能です。
そこでです。35人学級制度のもとで児童数が36になり、18人の学級二人分の教員が配置されたとき、それでも2クラスにしないというのはどうでしょう。36人のまま1学級でチーム・ティーチングを行うのです。

クラスの中で特に勉強の遅れる子がいたら、その子たちの間をひとりの担任が巡り歩けばいいのです。そうすればもう一人の担任が対応している「その他の子」は、少なくともその教科についてはあまり苦労しなくて済む「賢い子」だけになります。
授業中に誰かがパニックになるようなら一人がその子を連れだし、廊下で落ち着かせ、しっかり勉強できる態勢をつくってからクラスに戻ればいいのです。そうなると教室にいる子はみんな「いい子」ということになります。

18人の二クラスにしてしまうとそういうわけにはいきません。その学習が苦しい子に担任の手が取られてしまうと、その間「その他の子」はほったらかし状態です。クラスの中で一人パニックになってその子を外に連れ出すと、そのあいだじゅう教室は放置され、「その子」が落ち着いて戻るころには中の全員がパニック状態ということもありがちなことです。

この話を突き詰めていくと一学級の児童生徒数は40人でもいいから二人担任にしろ、二倍の教員をよこせといった話になりそうですがそこまでは言いません。
1学年1~3学級の学年に一人、3~6学級の学年に二人、とりあえずそのあたりから始めれば日本式の道徳教育(人間関係の教育)を守ると同時に、さまざまな学校問題に対応できるはずです。

ただし単級(1学年一クラス)の学校では職員が2倍になるわけですから財政上の負担は35人学級の比ではありません。
財務省がウンというわけがありませんし、文科省もいきなりそこまでの要求は出せないでしょう。
かくして日本の公教育はOECD34か国中最低の教育予算を誇り、教師の献身的な努力によって辛うじて支えられる日々が続いて行くのです。




[537] いやはや何とも

投稿者: くれあ 投稿日:2014年11月 1日(土)14時57分36秒   通報   返信・引用

とある,財務省の35人学級見直しについての投稿サイトからのコピペです。ちなみに,99パーセント以上が財務省何言ってんだ状態でした。
「窓明けチェック、着替えチェック(服装統一の学校)、健康観察、欠席者で連絡がない子の家へ電話、今月の歌を歌わせる、連絡、宿題チェック、持ち物チェック、提出物チェック、連絡帳への記入、「業間運動参加そしてチェック、チャレンジシールチェック(「頭の健康」「読書」「あいさつ」、マラソン、「心の健康」など)、給食指導(手洗い、服装、配膳の方法と量、食事=好き嫌い、アレルギーなど、片付けチェック=スプーン、箸、しゃもじなどの位置、牛乳バックの位置、ストローの袋など)、歯磨き指導)、そうじ箇所点検、そうじの指導、委員会活動、通学団の連絡と指導、部活の連絡、クラブの「地域先生」への連絡、児童・生徒指導、教室の掲示(習字への朱入れと掲示、掲示物を変える、日課の変更など)、教室の飼育箱のチェック、植物への水遣り、下校指導、通学バスへの同乗、宿題プリント作成、音楽会のための音楽指導、学芸会(脚本作成、材料の注文、小道具・大道具を作る、演技指導、効果音の選択と構成)、学校訪問(指導案作成、教室環境チェックと改善など)、写生会では絵の指導・評価・表彰、縄跳びチャレンジのチェックと評価、耐寒訓練の健康観察票チェックとチャレンジ状況の把握、書き初めの指導と表彰そして掲示、読書感想文の指導と提出(全員に書かせ代表選出と原稿指導)、「文集」作成、「…の子」という文集作品の選出と原稿検討と提出、運動会の企画立案と指導、図書室の本のチェック、管理箇所のチェック、応募作品(赤い羽根、交通安全、読書郵便コンテストなど)の選出と提出、遊具のペンキ塗り、飼育小屋の掃除、廃品回収の手伝い、交通立ち番、校舎の開け閉め、プール管理、「登校安全のための地図」作り、運動場の草取り、ワックスがけ、机の高さの調節(これが大変)、造形美術展への作品作製と搬入搬出と飾り付け、市体育大会出場選手の特訓、キャンプの計画・指導・実施、部活大会の応援、子どもの写真撮影と印刷、など。(これらは日々行われることの一部)
「授業研究」となると、指導案を作成し、「部会検討」で書き直し、管理職の幾度かのチェックを受け何度か書き直しをする。A4版で4ページほどの指導案のために多くの時間が必要となる。学年末には「研究のまとめ」「研究紀要」を作る。1年間の実践のまとめとして、6~8ページのまとめを作成する。
これらが、本来の教師の仕事ー授業、子どもへの指導、評価、分析など以外にある。」

なかなか頑張って書き出してくれたと思います。家内も公立小学校に勤務していますが,これに地域団体との関わりも加わります。これで40人学級に戻せとは,財務省が現場の状況をホントに考慮する気がないということがよーく分かりました。



[536] 彼らはその程度

投稿者: SuperT 投稿日:2014年 8月17日(日)17時25分49秒   通報   返信・引用

 傍若無人先生が童顔というのは意外です。

 私の方はけっこう怖い顔をしているらしく、学校を変わるごとに子どもから「あの人以外ならだれ(が担任)でもいい」と思われる“あの人”でした。体育会系あるいはヤクザ系の怖さではなく、狂気系・異常者系の怖さがあるみたいなのです。
 ただし怖い顔というのは、未知の人とのケンカまたは牽制では圧倒的に有利ですが、じっくり付き合う場では損する場面も少なくなかったように思います。
顔だけ怖くてもしばらく付き合うと底が割れ、大したことはないと分かると恐れられた分、反動でなめられる傾向にあったのではないかと、今も思います。同僚からも、会議なので何かとんでもなく鋭いことを言いそうな顔をして、実はつまらないことしか言わないので呆れられていたのかもしれません。
 昔、華国鋒という中国の国家主席が来日したとき、温和そうな顔立ちの中で一瞬目がとんでもなく恐ろしい輝きを見せた場面があり、なるほど中国のトップに立つような人間はただ者ではないと感心したことがあります。
 私もそんな人を油断させるような面立ちに生まれていたら、もっと有利に事を運べたことも多かったのかもしれません。

 さて、日本人の道徳性について、それが高まってきているのか崩れてきているのか、よく分からない感じが私にはあります。
 学校や教員に求められる道徳性というのは、私が教員であった間中、一方的に高まって教員も良くそれに応えようとしました。学校ばかりでなく、企業や役所に対する要求も高まり、それぞれ本当に誠実な対応をするようになっています。
賞品やサービスに対する要求も不必要なまでに高くなり、日本の製品は世界で最も安全で正確なものとなっています。

 しかし昔は違いました。50年前の街はいまほど清潔ではなく、映画館や列車の車内は煙草の煙が充満していました。少年犯罪も凶悪犯罪も今よりずっと多かったし、野菜は寄生虫の卵まみれの時代から農薬まみれの時代へと移行していきました。ですから昔の人間の方が道徳的だったということは絶対にないのですが、今日、異常なほどの道徳性が求められる一方で、傍若無人先生の指摘されるような新手の不道徳がどんどん広がっているのも事実なのです。

 ワールドカップの会場で日本人サポーターがゴミ拾いをしたと評判になる一方で、関西のある祭り会場ではゴミの持ち帰りを促すことをやめ、その代わり翌朝の清掃員の数を充実させたというような話が出てきます。いくら言ってもゴミの投げ捨てが減らないので諦めた、それが合理的な判断だというわけです。
 この夏評判になった花火見物の場所取りの話など、そうした発想のできる人がいくらでもいるというのがまず驚きです。

 課外活動(部活)について言えば、義務と高校の違いなのか地域制なのかは分かりませんが、中学校の場合、ゴロツキのようなチームが強いということは稀のような気がします。広い地域から優秀な選手を集めるというわけには行きませんから、中に必ず力のない、才能の不十分な生徒が多くいるのです。その子たちを含めて強いチームになるとしたら異常な集団性を育てるしかないのです。だからどうしても道徳性を高める必要が出てきます。
 と、今、言えることはそこまでです。

 スポーツの世界ですから目指す場所には限りがありません。しかしそのまま勝ち進んで国内トップ、あるいは世界を目指すとなれば、そこはゴロツキやチンピラの世界ではないでしょう。名選手、一流プレーヤーの大部分は人格者です。人格的に問題のある人たちは、せいぜいが地区大会優勝程度で終わりです。
そう信じて自分たちの子どもを大切にしていればいいのです。そんなふうに私は思います。




[535] 課外活動のあり方について異議あり

投稿者: 傍若無人  投稿日:2014年 8月13日(水)11時07分29秒   通報   返信・引用

最近、書き込みがないなぁ。

夏休みが始まってすぐに、田舎県田舎村を会場に、
地区大会(関東大会とか北信越大会のレベル)がありました。
年をとって、競技のスピードについて行けない傍若無人は、駐車場係でした。
まあいろいろあったけんど、その総合評価として、
男子も女子も、競技の優勝校と準優勝校と、お行儀の悪さの優勝校と準優勝校は一緒でした。
選手も指導者も、その保護者も、最低とその次。
一体、何のために生徒にクラブをやらしとるんじゃ?

室外競技だし、暑いのはわかります。それにしても、です。
自立テント(アルミ製四脚の自立式)を5、6台に、
持って歩けなほど重いコロ付きのアイスボックスを10台近く。
それに折りたたみのいすやら机やらを持ってきて、
プライベートエリアの中でも、涼しい木陰の部分を広々とを占領します。

オマエらには、遠慮とか慎みというものはないのか。

それにしても、持ち込むのは朝で、涼しいし、疲れてもいないし、
これから試合という緊張感もあって、まあ、それほどのもめ事は起こらないものです。
しかし、問題は帰りです。。
田舎にある競技場は、道路事情が良くありません。
1.5車線の路肩にでかいミニバンを止めて荷役なんかしたら、他の車が通れません。
そこで、駐車場係が登場。ことばを選び、丁重ににお願いすることになります。

「申し訳ありません。他の車が通れませんので、荷物の積み降ろしは駐車場でお願いします」
「そんなこと言ったって、これだけに荷物、重くて運べんじゃろが!」

知るか、そんなこと。

遂にある保護者、努めて腰を低くしている傍若無人にケンカを売ってくれました。
体格はあまりよくない上に童顔の傍若無人、これは組み易しと思ったんでしょうね。
まわりが振り向くような大声と、威圧的態度で怒鳴りつけたんですね。

「人の乗り降りもしたらあかんのか、え?」

朝から立ちっぱなし、謝りっぱなし。
ストレスと疲れがたまっていた武闘派が、本格的(久しぶりでもあった)にキレました。

「ハイ、人の乗り降りなら結構ですよ」
と穏やかに言いながら、荷台の荷物と、荷物を持ってきた連中をぐるっと見てから、
怒鳴り声の保護者の顔を見た傍若無人の目と顔、
自分で言うのもなんですが、フツーの人のモノじゃなかったと思います。

そいつ、それ以降、傍若無人と目を合わさなかった。
このところ、努めて死んだふりしてたのに。
まずかったなぁ。

保護者が大勢来ていて、選手に食事やおやつやら飲み物を振る舞い、
監督までテントのいすでふんぞり返って、大声でバカ話をしている。
院政を敷いているらしい大監督が現役教員や生徒をあごで使い、
気に入らないことがあったら、辺り構わず大声で怒鳴り散らしている場面もありました。

「保護者の会」というらしいが、
いくらいい選手だと言っても、所詮は高校生やんか。
オトナが公衆の面前でガキを奉ったりしたら、ガキが勘違いしよるわ。
それを諫めない指導者もオトナとして間違いだし、
現場を離れたんなら指導は現場に任せて、
OBはカネは出しても口は出さんというのがオトナの嗜みじゃろ。

少なくとも、そこには「教育」の薫りなんかしません。

傍若無人も指導歴が長く、田舎県内の名門A高校の「保護者会の活動」を見た保護者から、

「私たちもしましょうか」

という申し出を受けたことがあります。
もちろん、すぐに断りましたよ。

「自分のことは自分ですべきだし、どうしても必要なら、下級生がやります。
洗い物をするヒマがあったら、お母さん方、生徒たちの試合を見てやってくださいよ。
ウチの子たち、試合会場まで来てお母さんにお給仕してもらおうなんて思ってませんよ」

女子優勝のB高校は、選手集めから育成、保護者の態度、卒業まで、
あれこれ言い始めたら明日の朝までかかりそうな、みんなが知っている有名な札付き。
男子優勝と女子準優勝という高成績のC高校の監督は、
田舎県名門の(既出)A高校の卒業生。
オトナになったら、自分の生徒時代と同じことしてやがる。

ちなみにA高校男子は、今年もインターハイで優勝しました。
でも、ちっともエラいとは思えません。
授業についていくのにあっぷあっぷしながら時間を捻出し、
思いつくこと、できそうなことを探しては、あれこれ工夫して練習しているウチの子たち。
確かに、へたくそですよ。
でも、「課外活動への取り組み」という教育の目指すところを考えたら、
ずっと立派だと思うのは、傍若無人の独りよがり、贔屓の引き倒しなんでしょうか。



[534] A担先生

投稿者: SuperT 投稿日:2014年 5月10日(土)23時36分25秒   通報   返信・引用

 学校を去って間もなく一か月半になります。
 やめて初めて気がついたことは、これまでのんびりとやってきたつもりなのに、あれで案外緊張していたのだな、ということです。終わって妙な解放感があります。
 教師は聖職者でなければならないと思っていたわけでもありませんが、何しろごくわずかな違反ですら処分を受ける昨今ですから、運転中はスピードメータとにらめっこで前方などほとんど見ている余裕がありません(ちょっと言い過ぎ)。言葉の一つひとつにもセクハラではないかパワハラではないかと無意識のうちにも気を遣うような生活はやはり健康的なものではなかったように思います。
 もちろん今の仕事だって責任がないわけではありませんがいざとなれば辞めればいいだけのこと、迷惑をかける範囲も重さもとても小さく、相当なことをしない限り新聞に載ることもありません。これがゆとりです。
 今の方がずっといい仕事ができています。たぶん。

 学校における民族差別の問題は私が学んできた中で最も薄い部分です。そういう環境でした。この点ではA担先生から学ぶことが多かったように思います。
 大阪には学力や日の丸君が代以前に解決すべき教育問題がある、というのがA担先生の御主旨かと思いますが、今後も大阪の体育教師先生の活動とともに注視していきたいと思います。
 教育問題には階層性があって、貧困問題を先送りして道徳だの学力だの言っても無意味なのです。まず上位のものを解決しないと下位のものにいくら心血を注いでも砂に城を築くのと同じになってしまいます。その貧困の根に差別があるなら、さらに先にそこに手を入れなければなりません。
 大阪の動向は、今後も長く日本の教育のひとつの指針となるはずです。

 毎日更新という意味での「デイ・バイ・デイ」はとても続けられるものではありません。しかし新しい生活も落ち着きてきた最近、それでも何かやってみようという気にもなってきています。
 30年の教員生活の中で、少ないながら手に入れてきたものがいくつかあります。その多くは先輩同僚から教えられてきたものですがそのまま抱えて死ぬのはあまりにももったいない気持ちもあります。日々思い付きを更新してきたブログですが、これからはテーマごと、少しずつ書き溜めて行こうという気持ちにもなってきています。
 少なくとも、具体的で利便性の高い“知”については、書き残しておこうと思いっています。
 またよろしくお願いします。



[533] お疲れ様でした。

投稿者: A組担任  投稿日:2014年 5月 7日(水)10時28分8秒   通報   返信・引用

ご退職おめでとうございます。

最近大阪は、橋下市長のおかげで教育現場は混乱の真っ只中。
現場を知らないものは口を出すな!勉強しろ!と橋下氏は言うが、あなたが勉強したまえ!!
といいたくなる今日この頃です。

大阪には特別な区があります。
在日朝鮮人・韓国人の子弟が生徒の半数を占めるという地区です。
その昔、在日は貧しくて荒れた生活、貧困と生活苦で暴力団に流れた人も数多くいます。
(すべての方ではありません。)運と努力によって富をつかんだ方もいます。
しかし大多数は貧しく、貧困と差別とに負け荒れた生活をしていました。
暴走族にのメンバーが多数いたり、中学を卒業後暴力団に加入する率が以上に高い地区です。
地区といっても、概ね5校なんですが・・・・・

私の同期前後が、ラグビー経験者が数多く採用され、多くの中学校にラグビー部が創部されました。強豪校になり、早稲田・明治・同志社といった名門校に進学しトップリーグになった生徒も数多くいます。

そんな特殊な事情を踏まえ、地域と連絡し学校をよくしよう、少しでも生徒に人生のチャンスを!!と頑張ってきた代々ラグビー部顧問、生活指導教師。

しかしその学校に、橋下指導の民間校長が・・・現場は大混乱。
大阪の教師たちはみな士気低下です。



先日、中学時代の先生たちと宴会しました。
卒業生6名ほど集まりました。
先生方は3名。内新任で赴任してきた先生が2名。3名とも退職者です。

一番手のかかった生徒がこうして酒を誘ってくれる・・と感慨ぶかけでした。
私たちは、「先生。しんどかったやろ・・・俺たちもしんどかった・・・」


卸市場の婿養子になった同窓生が、参加者全員に翌日立派な筍を送ってきてくれました。

この飲み会は年に一度行われています。


T先生もし大阪にこられることがありましたお酒でも飲みませんか?

私のHPのメールアドレスはスパムでやられています。



[532] 傍若無人先生、ネル先生

投稿者: SuperT 投稿日:2014年 4月 6日(日)11時43分28秒   通報   返信・引用   編集済

 以前は、これから職と収入と生きがいを失う退職者に際して、「ご退職おめでとうございます」はいかがなものかと思っていましたが、今はとても理解できます。
 つい2か月前まではそうでもなかったのに、最後の一か月、特に最後の一週間はさすがの私も守りに入る感じがありました。
 ゴールを目の前にして、ここで事故だ、不祥事だ、新聞沙汰だ、では敵わないな、という感じです。「無事之名馬」と言いますが、とにもかくにもこれといった大問題も起こさず、起きず、退職できたというのは「おめでとう」にふさわしいことだと痛感しています。

 傍若無人先生の「ほどほどの時に手を引くことができて、よかったかも知れませんね」も全くその通りで、現実的なところでは年金も支給年齢が上がり、退職金も減額。しかし仕事や責任が増えていくのは目に見えていますから、病気にもならず死にもせず、自失して不祥事に手も染めずということになれば、このあたりが潮時ということかと思います。(本音を言えば十数年前の退職者たちは異常に恵まれていたな、とそこに遡って定年退職したいところですが・・・)。

ネル先生
>逆算すると、T先生がこちらのサイトを始められた頃は、今の私くらいの年齢(40代前半)だったのでしょうか。
 40代半ば過ぎ、といったところでした。1999年の11月末に「ああ言えばこう言う辞典」を開設して、まるでカウンタが上がらないのでこちらから話しかけたおひとりがネル先生だったように記憶しています。
 その2年前に大病をして、もしかしたら1~2年の命かなと思って原稿をまとめ、どうしようか思い悩んでいたころちょうど学校の情報係担当になり、サイトの作り方を覚えたので一気にアップしたのです(その割にはおチャラけていたな)。思いがけず長生きをして定年退職に至りましたが、サイト管理を続けるのは案外楽しく、自身の勉強にも役立つものでした。

 カメ更新ですが、今後もこのサイトは続けていくつもりです。

 4月1日から新しい職にもついたので今は忙しくて方向も見出せませんが、もう子どもたちや先生の前で話すことのなくなった分、どこかで吐き出さなければストレスが溜まるだけです。きっと何かしたくなります・・・と、今はそんなふうに思っています。

 今後もよろしくお願いします。



[531] ご退職おめでとうございます。

投稿者: ネル 投稿日:2014年 4月 3日(木)06時38分10秒   通報   返信・引用

T先生、お疲れさまでした。

思い起こせば、こちらのサイトに出会ったのが西暦2000年。
それから14年も経ちました。
T先生は私よりずっとベテランであるはずだし、いつかは退職なさるとは思っていましたが、今春だったのですね。
逆算すると、T先生がこちらのサイトを始められた頃は、今の私くらいの年齢(40代前半)だったのでしょうか。
今の私にそのような力が備わっているかどうかと考えると、いささか心配ではあります。

何らかの形で今後もこのサイトを続けていただけると嬉しいです。
混迷の時代を教師として、親として生き抜かなければならない私にとって、ありがたいサイトだと思うからです。



[530] お疲れ様でした

投稿者: 傍若無人  投稿日:2014年 4月 2日(水)00時27分18秒   通報   返信・引用   編集済

長い間、お疲れ様でした。

私(たち)が教員になった頃に比べて、
学校も世の中と同じように、殺伐とした世界になったように思います。
「教員なんて、生徒と遊んでナンボ」
という考え方は今も持っているし、絶対に間違っていないと信じていますが、
最近はちょっと自信がなくなってきています。
理由は、それが「仕事」として支持されなくなったからです。

ST先生、ほどほどの時に手を引くことができて、
よかったかも知れませんね。
どう考えても、この先の学校に明るい未来があるとは思えません。
教員はそれを生業としてお手当を頂いているのだから、
我慢すればいいのです。
でも、生徒たちにとってもそうだとしたら、問題です。

傍若無人の孫(まだいません!)が学齢期になった時を想像すると、
正直、ぞっとします。
来年には結婚する(だろう=親の期待!)娘からは、
「子どもには外遊びをさせるんだからね」
と、キャンプ道具他オモチャ一式を捨てないように言われていますが、
未来の親と子にそんな余裕があるのでしょうか。

長い間、お疲れ様でした。
今後とも、傍若無人をよろしくお願いします。



[529] 一区切りつきまして・・・

投稿者: SuperT 投稿日:2014年 3月19日(水)17時46分48秒   通報   返信・引用   編集済

昨日、卒業式がおわり、ようやく時間が取れました。返事が遅くなって申し訳ありません。

今回の書き込みで特に心ひかれたのは、
>外国の人がクリエイティブな仕事をしているのを羨む気持ちは分かりますが、
>あれは掃いて捨てるほどのクズ仕事の中から湧き出てくるものだと思っています。
という部分です。
なるほどね、というところです。

スティーブ・ジョブズのような個性を生み出す社会は、同時に異常殺人者を出すような社会でなくてはなりません。“自由”は取りあえず野放図でなければはじまりませんし、「方向づけられた“自由”」は形容矛盾です。
 国民のほとんどが組織を守ってきちんとした仕事をし、一部が天才的な型破りの仕事をする、そんな都合の良いパッチワークのような世界はありません。
何かを得るためには何かを犠牲にしなければならない。
それが世の中の鉄則です。

イジメのない高高度の道徳的児童生徒を育てると同時に、世界最高位の学力を獲得する、オリンピックでもメダルを取る。こう書けばやはり何かを犠牲にせずに達成することが困難だとはっきりしてきます。

>私が校長と話したのは、少し前に私に鬱病の初期症状が出たからです。
 なんとか努力して(というのはむしろマズイのかな?)、そうした状況に陥らないようにしてください。熱意のある優秀な教師がバタバタと倒れていくのを、もうこれ以上見たくはないのです。

「やりがい」は心身を活性化して快感を与え、同時に心身を滅ぼす強力な麻薬です。しかも困ったことに、その成果は本人よりも他人にもたらされます。これがあるばかりに、教師は無制限に仕事を背負ってしまう困った代物です。

それにしてもネル先生、
午前4時前に書き込みをするような生活。
恐ろしく健康的か、とんでもなく不健康な日々かと思うのですが・・・



[528] Re: ネル様

投稿者: ネル 投稿日:2014年 3月12日(水)03時52分34秒   通報   返信・引用

お忙しい時にありがとうございます。
掲示板を開く前にお話を読んだので、とてもタイムリーだなと思っていたら、私の話から出てきたのですね。
そりゃ、タイムリーなはずです。

最近、校長と話す機会がありました。
とにかく校長は「決められた時間内に効率よく仕事をしなさい。昔のように、夜遅くまで残って仕事をするのが美徳であるという時代は終わった」と力説していました。
確かに、遅くまで残って仕事をする人の方が良いという風潮はおかしいと思います。
国際化の時代に、「残業が美徳」などという企業は通用しないと言われていることも知っています。
おまけに私は、海外で「決められた時間内に、明確に決められた責任の範囲で仕事をする」という人々を間近で見てきましたから、言いたいことはとてもよく分かります。

でも本当にその方式で仕事をすると、私たちがもらう程度のお給料では、責任の範囲がかなり限定されるだろう、ということも分かります。
そして、近年生み出された膨大な量の事務仕事はその範囲に入りますが、「150年にも及ぶ教育現場の経験智」はごっそり削ぎ落とされるでしょう。
つまり、全体として学校の質は格段に落ちるはずです。

もし質を落とさないようにしたいと考えると、個々人はかなりの報酬を得なければならないし、もっと人を増やさなければなりません。
今はなんとなく手広く仕事をやっていて、曖昧な部分の報酬は「やりがい」としてもらっていますが、国際化時代には、それは通用しません。

それがダメなら・・・少なくともそのような考え方を現場に押し付けない方が良いと思います。
現実(現場および海外の実情)をよく見ず、国際的な考え方を取り入れるのは、本当にバカバカしいです。

「海外スタンダードを取り入れるのはナンセンス」・・・という話を以前の私なら校長にしていたと思うのですが、今回は、「そのような働き方を実際に海外で見てきましたので、おっしゃりたいことはよく分かりますよ」とだけ伝えました。
どう言ったって、「ナンセンス」という意見は、実際にそういう働き方のデメリットを見ない限りは、受け入れ難いだろうと思ったからです。
ちゃんと空気が読める人なら、私の顔に「でも無理ですよ」と書いてあったことは理解できると思います。

外国の人がクリエイティブな仕事をしているのを羨む気持ちは分かりますが、あれは掃いて捨てるほどのクズ仕事の中から湧き出てくるものだと思っています。
日本のように、どの人もクオリティの高い仕事をしているという風土からは生まれにくいでしょう。
高い質を保ちつつ、クリエイティブな仕事も生み出す・・・という方法を見つけたくて海外の方式を取り入れるのなら、質が落ちて、なおかつクリエイティブな仕事も出て来ないというリスクも考えておくべきです。
私は後者の可能性が格段に高いと感じますが。


私が校長と話したのは、少し前に私に鬱病の初期症状が出たからです。
校長は先に述べたように力説し、できる範囲での仕事を勧めてきましたが、私の場合は逆にそれを止めることで、症状が消えていきました。
私は、制度上ギリギリのところまで曖昧にがんばり、「やりがい」という報酬が得たいタイプの教員だし、それは今後も止めないだろうと思います。



[527] ネル様

投稿者: SuperT 投稿日:2014年 3月 9日(日)15時55分5秒   通報   返信・引用   編集済

 公私ともに殺人的な忙しさで・・・といっても自分の計画性のなさのせいなのですが、ついつい返事が遅れました。あと十日あまり。なんとか無事、卒業式まで過ごしたいものです。

 さて、
>療育で先生方のワザを盗んでは、家庭でどう応用するかを考えるのは、本当に楽しかったです。

 この言葉がいいですね。

 障害者に対する概念として使われた「健常者」という言葉は、裏に「健やかでも常態でもない者」の存在を暗示するということで避けられるようになっています。私もその代わり「定型発達」とか「定型発達の人」とかを好んで使いますが、よく考えるとこれも変な言葉です。障害を持っていない人が定まったパターンで発達するとはとても思えません。聖人のような人もいれば、およそ人間とは思えないような犯罪者に育つ場合もあります。
 そうした多様性があるにもかかわらず、障害のない子の養育教育はたいてい無自覚ですから、問題が現れるころはもう手遅れということが少なくありません。その点、障害のある子への対応はほとんどの場合常に自覚的、意図的です。
 一つひとつの対応に一つひとつの反安があり、そのつど自分のやったことの成否がみえるので、ある意味楽しくないわけはないのです。それにその子は支援を必要としている子ですから、私たちにできることは限りなくしてやらなければなりません。
大切にしていきたい子どもたちですね。

 3月3日クローズアップ現代は帰宅の関係で後半だけ、リアルタイムで見ていました。「つまらないことを」と捨て置く気持ちだったのですが、前半では捨て置けない内容が扱われていたのですね。

「教育現場の“常識”変える? 教育長による改革」とありますが、学校の常識は近代教育だけでも150年にも及ぶ教育現場の経験智です。そんなものを簡単に変えられたのではかないません。教育は有機的なものですから、こちらを変えればあちらも変化してしまいます。大鉈を振るっていいものではないのです。
 日本の道徳教育はおそらく世界最高です。なぜなら東日本大震災のような大災厄の際にも日本人は整然と過ごすことができたからです。職業的窃盗犯以外にものを盗むような人はいませんでした。暴動も略奪もなく、人々は互いを支え合いました。
 日本の知識人の一部はこれを“日本人のDNA”などといったふざけたものに帰しますが、間違いなく私たちの教育の成果です。少なくとも海外の論評はそうです。もしDNAのおかげだとすると、放っておいてもそうですからそもそも道徳教育の必要性もなくなります。
 学力は、OECDの成績で世界4位~7位。これ以上を望むならシンガポールのようなエリート教育や中国のような徹底した詰め込み教育、韓国のような熾烈な受験競争が必要になります。現状で臨める最高の成績を、日本の教育は生み出しているのです。
 これほど健康な体に大鉈を振るう、メスを入れるというのはあまりにも愚かです。何とかやめさせる方向で行かなければならないのに、教師は皆真面目で、反省しろというとすぐに反省し、受け入れがたいものを受け入れようとしてしまいます。そこがあまりにも歯がゆい。
 私はそのように考えています。

 ネルさんのお話を聞きながら、私は「真名毘の山の赤鬼」というお話を思いつきました。以下に書きますので、暇があったら読んでください。




[526] 真名毘の山の赤鬼

投稿者: SuperT 投稿日:2014年 3月 9日(日)15時51分54秒   通報   返信・引用

 ノン太が初めておっとさんに連れられて、真名毘の山に登ったのはまだ三歳のころだった。だからよく覚えていない。だがその時、すでに赤鬼の背負う“岩”はかなり大きかったように思う。そして“岩”は年々さらに大きくなっていた。
 実は“岩”は、本当は岩ではなく、幾重にも折り重なった荷物だった。しかし村人はそれを“荷”と呼ぶのを嫌い、いつも“岩”と呼んでいた。ノン太には、それがなぜだかわからなかった。
 少し大きくなると、ノン太は暇になると山に登り、小高い丘の上から鬼を見るのが楽しみになった。鬼は山の中のくぼ地で“岩”を背負ってただ立っているだけだった。けれどその、大人の3倍はあろうかという大きな体と、歯を食いしばって立ついかつい姿は、見ているだけで心に沸き立つものがあった。そしてなぜか物悲しかった。

 ある日、見ていると三人の村人が“荷”と食べ物を持って鬼の前に立ち、
「童(わらし)が言うことをきかねぇだ。何とかしてけろ」と言って差し出した。すると鬼は、「分かった」と言い、左手で食べ物を受け取ると、右手で“荷”を持ち上げ、ひょいと背中に乗せた。そして“荷”は“岩”の一部となった。
 またあるとき別の村人たちがやってきて、
「ウチの童は好きなものしか食わん。あれではよい働き手にはなれん。何とかしてくろ」と言ってまた“荷”預けようとした。鬼は「あい分かった」と言ってそれを受け取った。
 それでノン太は鬼の“岩”が次第に大きくなってきたわけを知った。
 その後も村人は次々と難題を持ち込んだ。
「長(おさ)のところの童がウチの子をいじめて困る、何とかならんか」
「孫の手習いがいっこうに伸びて行かん。これからの百姓には学問も必要だと言いきかせてもさっぱり進まん。こんなことじゃ村は隣りに負けてしまうで、こちらの方も何とかしてけろ」
「ウチの村の子は全体に背が低いような気がするがどうじゃろか」
 そのたびに鬼は何も言わず“荷”を受け取ってはそれを“岩”の一部にしてしまうのだ。
 ある日ノン太はおとうに聞いてみた。
「なんで鬼は、あんなものを平気で受け取るのだ」
 するとおとうの言うことには、
「それは鬼の仕事だで。あの鬼は『子ども守(もり)の鬼』といって、村の子どもことは全部やることになっとる。だからみんな、あんなふうに預けに行くのさ」

 ノン太が12歳になったころ、“岩”は鬼の10倍ほどの大きさになっていた。重さは1000倍ほどになっていたろう。年中、汗をしたたり落とし、その汗が悪臭を放つといって村人は毛嫌いしたが、だからといって鬼がいなくなればいいと思う人は誰もいず、文句を言いながらも“荷”を預け続けた。そしてある日、鬼は片膝を折った。重さに耐えかねて“岩”を下ろそうとしたのだ。
 村人たちは慌てた。慌てて“岩”の一部を“荷”に戻し、それぞれ分担して持ち帰ることにした。それで鬼は楽になるはずだったが、実はそうならなかった。なぜかというと持ち帰ったはずの“荷”を、密かに村人たちが戻し始めたからだった。一度預けたものを再び返されるなんてまっぴらだと、人々は気がついた。
 そして鬼はもう片方の膝も折った。両手も地面について、荒い息で耐えるようになった。悪臭を放つ汗は、それこそ滝のように流れた。
 村人たちは再び焦った。鬼に死なれては困る。そこで一斉に牛黄(ごおう)だの苦参(くらら)だの、ドクダミだのといった薬を持ち寄って、てんでばらばらに飲ませ始めた。あとさき考えずに薬を与えるので、鬼はさらに弱った。
 村長(むらおさ)が遠くまで出かけて連れてきた医者は、あとから考えると何者だったのか、いきなり「これは心の臓に虫が取りついているのだ」と言い始め、胸を開いたが結局虫などおらず、またそのまま閉じることになった。そしてさらに鬼は弱った。
 ノン太は丘の上からその様子を見ていた。ほんとうにやらなければならないことは“岩”を減らすか鬼を増やすかのどちらかだが、“荷”を減らすことはもう誰も考えなし鬼を増やすことも村の経済ではとても無理だ。そのことは子どものノン太も知っていた。
 だからせめてあんなふうに、鬼の体をいじるのをやめればいいのにと思ったが、村人たちは何もせずにはいられない。
ほんとうはノン太もイライラしていた。
あんなふうに鬼をいじって、もし死にでもしたら、自分が大人になった時、誰に“荷”を預ければいいのだ。




[525] 先日のクローズアップ現代を見て

投稿者: ネル 投稿日:2014年 3月 6日(木)22時46分29秒   通報   返信・引用

先日のクローズアップ現代
http://www.nhk.or.jp/gendai/kiroku/detail_3470.html
を見て、「素人が学校をいじっても、ろくなことはない!」とツッコミを入れながら、思い出したことがあります。

私が新採で赴任した養護学校(分校)は、どういう経緯でそうなったのかは詳しくは分かりませんが、素人が運営していたと言っていいような学校でした。
養護学校の義務化が1979年にあり、それから十数年しか経っていなかったことが関係しているのかもしれません。
分校だったこともあるのか、少なくとも1979年の義務化以前から養護学校教諭としてやっていたベテランはおらず、年齢構成は非常にいびつでした。
その分校が出来た年に採用になり、ずっとその分校にいたという先輩も少なくありませんでした。
小・中・高校だったら、新設校であっても、ベテランは配置されますよね?
そういう人がいなかったら、今の日本中にある学校ほどの学校はできないと思います。
分校だったからかなぁ、そういうベテランが全く配置されなかったようなんです。
そんな職員集団だったので、校内での議論は素人の域を出なかったのかもしれません。
(今は30数年経っているので、それなりに伝統もできて、また違うかもしれません。)

私は、高校で教師としてそれなりの力を付け、療育センターで支援の基礎をかじった今、特別支援教育というフィールドでもう一度勝負してみたいという気持ちもわいてきています。
もっとも、特別支援教育は特別支援学校じゃなくてもできるので、そんなに強く特別支援学校へという思いは持っていません。
(免許は持っていないので、異動の可能性は低いですし。)
でも、異動希望の中に特別支援学校を入れられるようになったのは、私の中では画期的な出来事です。

さて、最初に述べたクローズアップ現代ですが、先輩教師たちが積み上げてきたものを否定するという点で、私が新採で赴任した学校の先輩方と非常に重なって見えます。
私は賢くないので、どこがどう問題なのかを指摘するのは苦手ですが、結局、見た目だけ整えて、中身は無いという事態になることは容易に想像できます。
しわ寄せは生徒に来るでしょう。
景気がしっかり上向けば、よそに視線が行くのでしょうか?
それとも、思い切って学校が今持っている役割を放棄するしかないのでしょうか?
よく分かりません。



[524] 本当に人間万事塞翁が馬ですね。

投稿者: ネル 投稿日:2014年 2月26日(水)04時30分28秒   通報   返信・引用   編集済

おはようございます。
ちょっと間が空きました。
バタバタしておりました。
ごめんなさい。

万事塞翁が馬…本当にそうだと思います。
ただし、養護学校の経験があったから、息子の発達障害を早めに発見できたとは全く思っていません。
でも、なんというか、子どもに発達障害があり、療育に通うことにより、養護学校教諭だった自分を認めることができるようになった、という意味で、「万事塞翁が馬」です。

子どもの発達障害が分かってから、障害やその支援についてたくさん勉強してきました。
そして、それなりに有効な仕掛けを、自分の手で生み出せるようになってきました。
療育で先生方のワザを盗んでは、家庭でどう応用するかを考えるのは、本当に楽しかったです。
私は、こういうことができないわけでも、嫌いなわけでもなかったのだ、当時は必要なことを何も教わらなかっただけなのだ、とやっと納得できました。
「ノーマライゼーション」を勘違いし、特別なことは何もしないと決めていた学校体制の中では、教師として学び取れるものは何もなかったし、だから次の学校で苦労したのだと気づきました。


昨日、発達障害を持っていると思われる同僚への支援の話を書きましたが、ちょっと具体的過ぎると思って、消しました。
でも、その人に分かるように物事を運べば、いろいろと良い方向に転がっていくなぁと思っています。
よく見ていないと、とんでもないことをやらかす気はするのですが、今までが何もできない「ただのとんでもない人」だったようなので、少しでも何かが形になれば、万々歳だと思っています。
周りには、なぜ彼が変わったのか不思議がられますが、まだ生徒への支援も十分ではない周りの教員達には、「支援」の話は早すぎるだろうと思っています。
これも、我が子が発達障害を持っていて、支援を勉強したからできたことで、万事塞翁が馬ですね。



[523] 大阪の体育教師先生

投稿者: SuperT 投稿日:2014年 2月16日(日)23時39分1秒   通報   返信・引用

>肝心な予算がつかないのが懸念されます。

 まったくその通りです。
 確かに景気が十分浮揚せず税収が少ない状況では仕方ないのかもしれませんが、このまま放置するよりは最終的なコストははるかに進むはずです。

これまでの、
>登校渋り、学習意欲の低下、転校生、家庭環境の悩みなど援助ニーズの大きい一部生徒

への支援の薄さが、社会的コストとして間もなくこの国に襲い掛かってくるのではないかと心ひそかに心配しています。
 ホントに、金で済む面も少なくないのですが。

 教員の個人的努力に期待しているだけでは間もなく限界が見えてくるはずです。
 私はそう思っています。



[522] 『フットワーク・ネットワーク・チームワーク』

投稿者: 大阪の体育教師 投稿日:2014年 2月 8日(土)01時14分19秒   通報   返信・引用

大変ご無沙汰しております。
ご存じかと思いますが、最近の教育改革特に大阪では凄まじい勢いで変化しております。

自分は、最近心理というより「ソーシャルサポート的視点」が現実的な対応だと思ってきております。

また、あっちこちでその考えが広まりつつありますが、肝心な予算がつかないのが懸念されます。
残り少ない教員生活で、何とか次世代の先生方に広げてもらえるよう微力ながら、カマシて行こうと考えております!!

僭越ながら、最近研修の機会がいくつかありそれをまとめてみました。

では失礼します。

【定時制高校における新たな支援~ソーシャルワークの視点から~】

「危機的な事案に対する対応について」
①チームワーク
担任・教科担当等が抱え込まず、絶えず学年会等で情報を共有し、必要に応じ校内各分掌と連携し、事案によっては管理職に「報告・連絡・相談」し、学校全体として対処する。
②ネットワーク
生徒の「SOS」を見逃さず、保護者の状況も把握し、教職員間の連絡を密接におこない、必要に応じ外部関係諸機関(医療・福祉・司法)と連携する。
③フットワーク
家庭訪問、外部関係諸機関との積極的な働きかけを実施し、機動的に対応し、学校だけで対応しかねる事案であると判断した場合、役割分担を適切におこない、組織的に対処する。

学校で可能な支援策(3つの段階の心理教育的援助サービスとその対象)

1次的援助サービス
 対象となる母集団(学校、学年、学級)のすべての生徒が対象となり、発達上・教育上の課題を遂行する上でもつ援助ニーズに対応するサービス。
2次的援助サービス
 登校渋り、学習意欲の低下、転校生、家庭環境の悩みなど援助ニーズの大きい一部生徒に対して、問題が大きくなって生徒の成長を妨害しないようにする、予防的サービス。
3次的援助サービス
 長期欠席、いじめ、発達・精神障がい、非行などで重大な援助ニーズをもつ特定の生徒に対して、特別な援助を個別に行なうサービス。

スクールソーシャルワークの概要
・学校福祉援助技術のことで、社会福祉学を基盤に精神医学の知識や心理学等の幅広い知識をあわせ持ったSSW(スクールソーシャルワーカー)が行う学校保健福祉領域の社会福祉援助技術である。

・スクールソーシャルワークの目的は、すべての児童・生徒(学生)の知的・身体的・情緒的・社会的・人格的成長・発達の援助をするための活動である。

SSWの活動視点
・「子どもが学校生活を送るなかで直面する困難について、子どもと子どもを取り巻く環境に働きかけて問題解決をめざすこと」である。
・特徴は学校生活に基盤を置き、子どもの最善の利益を追求し教育権の保障と自立支援の視点から改善策を考える。
・子どもの最善の利益とは子どもが安全、安心に暮らせることである。



[521] 万事塞翁が馬

投稿者: SuperT 投稿日:2014年 1月20日(月)19時03分31秒   通報   返信・引用

>うちも遅かったけど、大丈夫。今はうるさいくらいにしゃべる
非常に危険ですよね。慰めのつもりで言っていても、安心したがっている人間の気持ちには悪いアドバイスとして働きかねません。

 私は子どもが小さなころ、スイミングスクールの保護者席で我が子の様子を見ながら、耳をダンボにして近くにいるお母さんたちの井戸端会議に耳を傾けていました。するとその種の話はいくらでも出てきます。子どもが不登校だという嘆きに対して
「なあにそれってすごいじゃない。皆が学校に行っているのに一人だけ行かないなんて、ウチの子にはそんな勇気はない。これからはそういう強い子が大切なのよ。あなたも強い気持ちを持って応援してあげなさい!(でもウチの子は勇気がなくてよかったけど・・・)」
 それこそスリッパを持っていってぶん殴ってやりたい気持ちになります。その人はおそらく、一人の不登校ともあったことがありません。社会を振り切って社会に挑戦するような強さがあれば、不登校など全く問題ではないからです。
世の中にはそんなエセ情報がいくらでも出ています。きちんと相談してくれれば私たちがいくらでも対処するものを、ほんとうに身動き取れなくなって初めて公的機関に相談に来る人が少なくありません。発達障害に限らず、生活指導・生徒指導は早ければ早いほど有利なのに、遅れて対応すると無駄に過ごした時間の2倍以上の時間がかかります。
 その点、ネルさんのところは早くてよかったですね。教員でなかったら、特別支援学校の経験がなかったら、案外、情報の埒外に置かれ放しだったのかもしれません。その点も幸運と考えましょう。

 最近、年を取ってきたせいもあって「人間万事塞翁が馬」という年寄がやたら引用したがる言葉が改めて好きになっています。“好事に喜び過ぎず、凶事に落ち込まず”――。
 今日、私にはとてもがっかりすることがありました。しかしその中にきっとチャンスが隠されている――今はかなり本気でそんなふうに思えるのです。



[520] Re: ネル様

投稿者: ネル 投稿日:2014年 1月17日(金)00時33分15秒   通報   返信・引用   編集済

なるほど。
確かに、そう言われてみれば、学童保育というのは、私が関わってきたどの集団よりも難しそうな気がします。

私が民間企業が運営する学童保育を考える理由は、公設の学童保育に入れないからです。
娘の療育では、兄が発達障害という子が二人いて、それぞれのお母さんから(特に登下校時の)苦労話を聞かされていたので、労働時間を短めに設定して復帰しました。(でも、通勤時間が長いので、下校時刻前には帰れません。)
これが仇になりました。
だからと言って、フルに戻そうとは思えません。
学童保育に不適応を起こす可能性だって大きいからです。
下校時刻と、書類上の勤務終了時刻の差は、なるべく小さい方がリスクが少ない気がしています。
本当に頭が痛いです。


教職員の発達障害が3校に1人…ですか。
そんなことを考えたことはありませんでしたが、それに近い可能性は考慮しなければならないのかもしれません。
療育では、保護者に対しても支援と思われることが取り入れられていますが、支援という考えが仕事の中に取り入れられると、定型発達の職員にも分かりやすいでしょうね。
今は仕事が複雑過ぎて、支援するのも大変ですが。


T先生が書かれたジョークを見て思い出したことがあります。
私も、親として、そういう感覚が発達したような気になっていました。
前回書いた幼稚園ママさんの子供は、かなりハッキリ分かります。
療育センターでの診察で、話の流れでその子の話題が出た時、医師も「何かあるね」と言ってました。
そしてその診察室から出たら、同じバス停の別の子が待合室に座ってました。
全くのノーマークでした。
私は気づかなかったふりをして、その場から立ち去ったので、どういう経緯でそこにいたのかはわかりませんが、そういう先入観で見ると、確かに受動型のように見えます。
全く「普通」だと思っていました。

そういえば、療育で2歳児のクラスは入りやすいと以前書きましたが、今年の後期は入りにくかったようです。
考えてみれば、上の子の時は、ネットの育児相談で「ことばが遅い」などという相談への答えは、「うちも遅かったけど、大丈夫。今はうるさいくらいにしゃべる」というものが多かったけど、今は「何もなければそれで良し。後悔先に立たず。早く動け」というアドバイスを多く見かけます。
同じバス停の子も、念のため来たのかもしれません。
もし後期だったら、うちの娘は療育には入れなかったでしょう。
タッチの差で貴重な経験をさせてもらえました。



[519] ネル様

投稿者: SuperT 投稿日:2014年 1月16日(木)19時27分4秒   通報   返信・引用   編集済

 学校の集団活動の中で一番楽なのは部活動です。何といっても最初から目的集団ですから扱いやすいのです。少なくとも全員がそのスポーツに興味を持っていて、選手になりたくて、勝ちたいのですから。
 生徒会の指導もそれほど厄介ではありません。やることがはっきりしていますからそれに向けて組織を固めて行けばいいのです。
 難しいのはクラスです。なにしろ同年齢という以外に何の共通性もない子が教室という箱に入れられてボンと提示されてくるわけですからまとめるのは容易ではありません。
 学童保育はその「年齢の共通性」さえありません。
 私は自分の子も学童保育に入れていましたし、仕事がら学童の現場に行くことも多いのですが本当にやりにくい、難しい場だと思っています。
 ただし小学校の低学年男子なんて4人にひとりくらい発達障害と見まごう子がいますから、そんなに遠慮しなくてもいいような気もします。発達障害と名がついていれば最初からそういう対応をすればいいだけのことで、むしろ何の疑いも持たず自分の子の不足を全部学校や学童保育のせいにして悪口を言う保護者の元で育った子を預かるよりはるかにましです。
 私の住む場所には民間の学童保育というものがないのでその様子は分かりませんが、多少環境は悪くても公的な機関の方がいいような気がします。市町村からすれば今後小中高とかかわっていかなければならない子なので、昔に比べるとずっと丁寧な対応をしてくれるような気がします。もちろん「昔と比べると」といったレベルですし、何といってもそこに優秀なスタッフがいるかどうかが決め手なので参考にはならないかもしれないのですが。

 大人の発達障害については私も最近考えることが多くなっています。
しかしその前に笑い話をひとつ。ただしまんざら創作とも思えないジョークです。

医師A「私なんかその子が目の前に座っただけで発達障害だと判断できるよ」
医師B「俺なんか診察室の前を歩いているだけでそれと分かる」
医師C「何を言ってるんだ、俺は1㎞先からだってそれと分かるさ」

 分かりますよね。
 発達障害の子どもたちと多くふれあってくると、そこに何とも説明できない共通性を嗅ぎとれるようになります。泳ぐ視線とか逆にまったくブレない目、薄い微かな笑いだとか独特の仏頂面とかそういったものの総合です。
 ですから笑い話の医師たちほどではないにしても、それを嗅ぎ取る一種の嗅覚が発達してきた――多くの場合、私も見逃さないだろうと、そんな気持ちになっていました。ところが、最近、大人の発達障害についてはよほど先入観をもってまじめに観察しないと分からない例があるのではないか、最近、そんなふうに思えるようになっています。
何といっても大人ですから、そこまで成長する数十年の間に少なからぬスキルを身につけてきている。しかしよく観察すると言動の端々に不適応な部分が見える、そんな人たちです。

 一昨年の文科省の調査で何らかの発達障害が疑われ支援を必要とする小中学生は6・5%(小学校1年生9・8%、中学校3年生で3・2%)ということでした(http://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/tokubetu/material/__icsFiles/afieldfile/2012/12/10/1328729_01.pdf)が、2006年のある調査(小林由佳「大学生における軽度発達障害に関する調査とその支援」)では大学生の2・6%にADHDの携行が見られ自閉症スペクトラムの範疇に入るものが4・4%だったといいます。そうなると重複障害を差し引いておよそ5~6%が広い意味での発達障害ということになります(LDは含まれてはいませんが)。20人にひとり以上ということになります。
 それがそのまま教職員における発達障害の割合だと考えると大変な数ということになりかねませんが、実際の学校は1学年3クラス(全18クラス500~600人規模)の小学校で教員定数は22人、同じく1学年3クラスの中学校(全9クラス250~300人規模)で16人ですから、そうとうに大きな学校で一人いるかいないか、平均すると3校にひとりいるかいないかといった数になります。案外少ないものです。しかし少なくても影響力の大きな場合もあります。

 私はたび重なる教員不祥事の背景にこうした発達障害が大きくかかわっているのではないかと疑っています。そうした場合、必要なのは教職員としての自覚ではなく、自分の性向に対する自覚ということになります。
 もっとも性格的に歪んだ人も心労から正常な判断ができなくなっている人だってたくさんいます。同僚として、仲間に対する支援も本気で考えなくてはならない時代になっていることは間違いないようです。



[518] Re: ネル様

投稿者: ネル 投稿日:2014年 1月13日(月)23時56分13秒   通報   返信・引用   編集済

返信ありがとうございます。
今年は、もう少し来たいとは思っています。

>  ただ、今のネルさんがそうであるように、前向きに楽しんでやることが、すべての人に良い結果を残すことになると思います。

ごめんなさい。
先週は半ばからは後ろ向きになっています。
息子が生まれる前に、「どんな子でも、障害があったとしても受け入れる」とほざいていましたが、当時の自分をスリッパで引っ叩いてやりたい気分です。
そんなに甘くないよ、と。

小学校は公立なので、心配事はあるけれども、何とか前向きに考えられますが、学童保育が頭の痛いところです。
うちは勤務時間の関係で、小学校内に併設されている学童保育に入れるかどうかが微妙です。
なので、次の手を考えなければならないのですが、なかなか良い手がありません。
知的障害がないので、たいした福祉サービスが受けられません。
企業が運営している学童保育に、障害を隠して入れてしまおうか、というのが、今考えられる手です。
その次が、1年生から鍵っ子にしてしまうか、ですが、たぶん本人は一人で家にいることには耐えられないと思います。

この子が定型だったら、民間学童保育に何の迷いもなく入れられるし、こんなに悩まずに済んだのに。
でも、あれだけ狭い空間で、うちの子のようなマイペース男児が一人いると、不快な思いをする子が出てくるし、そこの運営にも影響が出てきて、そのうち辞めなければならない事態になるかもしれません。
そこの体験に行かせてから、担当者の反応が明らかに鈍くなった(歓迎していない様子になった)ので、本当は行かせない方が良いのでしょうね。
でも、断られていないのだからと、突っ切る気がします。
障害をオープンにできれば一番良いのですが、そうすれば、障害を口実に断られると思います。


全然違う話題で書きたいことも、たくさん溜まっています。

まず、発達障害(疑い)の人を見つけた話。
今まで、発達障害を持っていても(障害に気づかなくても)結婚して仕事もしている人の話を聞いては、それに希望を託していましたが、彼女らを見ると、現実は厳しいことがよく分かります。
本人告知は大きな問題ですが、本人に自覚がないと、とんでもないことが起こりそうな気がしてきました。

我が家のお隣さん、いつも二人で話すので気づかなかったのですが、子供が同じ幼稚園になって、他のお母さん達と一緒に話す機会増え、「空気が読めない」とはどういうことか、身をもって示してくれました。
本当に、相手が嫌そうな顔をしても、全然分からないんですね。
彼女が表れると、人の山がサーっと二つに割れます。

次に、大学時代の同級生で、採用も同期だった女性。
新採当時から、事務や同僚からの評判が極端に悪かったのは知っていました。(あんなに人から嫌われる人は、他に知りません。)
今回、たまたま研修会で一緒になり、それからいくらか情報のやりとりをして分かったのは、「他人には他人の都合がある」が一切分かっていない、ということでした。
校長も事務長も同教科の先生方も、全て無視して話を進めようとしていたので、筋を通さなければ、彼女の身にどんな不利益が起こるかを説明したら、やっと「事務長に連絡する」と言いました。
他人の立場が想像できないとどうなるか、身をもって示してくれました。


実父(←発達障害っぽい配偶者を持つ)について、いろいろ思いました。

正月明けに、実家に帰りました。
今回、父は息子とオセロで遊んでくれて、それが私の小さい頃と重なりました。
その頃、母はよく「お父さんは、子供相手にムキになって勝負してる」と言っていましたが、大人になって改めて見ると、父は冷静に、勝負の勘所を教えてくれていました。
どうやったら、あれが「ムキになって」いるように見えたのか、母の見え方というのは、本当に変わっているし、その母の解釈を通して父を見ていたことを、非常に後悔しました。

母によると、父は歳をとってから、扱いにくくなったそうです。
男の更年期障害かも、と言っていましたが、もしかしたら、父はその頃に母の特性に少し気づいたのかもしれません。
それまでは、母が健康食品のネズミ講や宗教にハマることを否定し、嫌悪感を示していただけだったのが、その頃から、それらを「お小遣いの範囲までならOK」と認めたんです。
以前は何を言っても無駄だと思っていたのが、事前に範囲を指定して、それから逸脱したときに叱れば効くことに、父は気づいたのではないかと思いました。
今まで思うとおりにさせてもらえてたのに、叱られる場面が出てきたので、父を更年期障害だと思ったのかもしれません。
父が母に小言を言う場面に出くわして、そんなことを考えました。

私の父親像は、母のフィルタを通して作られたものです。
たぶん自己像も、母のフィルタがかかっています。
どちらも、丁寧に作り直さなければなりません。



[517] ネル様

投稿者: SuperT 投稿日:2014年 1月 9日(木)18時50分36秒   通報   返信・引用

 いつも「ああ本当に忘れられてしまったのかもしれない」と思ったころ、ひょっこりいらっしゃいます。
 気にかけていますからもう少し早めに来てくれるとありがたいですね。

 もっとも「返事のないのは良い便り」と言いますから、うまく行っているからこそ書き込みがないのでしょう。それはそれで悪いことではありません。それにここの掲示板もずいぶん枯れてきました。BBSというもの自体も廃れてきたのかもしれません。

 誤解される言い方かもしれませんが、教員の楽しみの一つは常に課題解決です。
 そこに子どもがいてどの子も課題を抱えている(超優秀な子だってさらに伸ばしたいという意味では“課題を抱えた子”ですから)。その課題にどう対応しどう解決するか、それをよく考えて工夫し、実行し、ツボにはまったときはまさに心の中で快哉を叫びます。

 もっともテレビゲームではありませんから「こちらが初心者の間は“レベル1”」というわけにはいかないのは苦しいところです。子どもが抱える課題の大きさや重さは常に一定レベル以上ですから、ある程度熟練しないとなかなか手に負えません。
しかし一生懸命勉強し、研修を重ね、そして相手をよく観察し、さまざまに思考を重ねるといつか腕を上げていきます。そして気がつくといつか優秀なプレーヤーになっているという感じで、その点、教職は職人の世界とよく似ているともいえます。

>行動の理由が分かれば、いくらでも手が打てるし、手を打つことは、教師の仕事の楽しみの一つでもあるし
まったくその通りです。

 私が発達障害のことを初めて聞いたのが17年ほど前のことです。それから教員の間に知識の共有がものすごい速さで進みました。特にここ10年ほどは、個々の児童生徒に対する具体的対応という点で素晴らしい進歩があります。
 とんでもなく優秀な教員がたくさん出てきています(例えば私の「デイ・バイ・デイ」2010年5月24日「二の矢、三の矢」で取り上げた教諭たち)。しかしそれでもなお、まだ少数ですし、何といっても最後は“個別対応”ですから一筋縄ではいけいません。

 ただ、今のネルさんがそうであるように、前向きに楽しんでやることが、すべての人に良い結果を残すことになると思います。
 私も、かくありたいと思っています。



[516] あけましておめでとうございます。

投稿者: ネル 投稿日:2014年 1月 5日(日)00時31分28秒   通報   返信・引用

ROM専ですみません(^^;;
今年もよろしくお願いします。

昨年は、大変充実した一年でした。
診察、療育、(保護者)研修で、療育センターに通い詰めた年でした。

娘(当時2歳)は、発達検査を受けても、全く遅れも凹凸も見つからなかったのですが、せっかくなので療育には行かせました。(ただ、医師は簡単には解放してくれません。)
他のお母さん達は、うちの子が紛れ込んでいることに、何の疑問も持っていなかったようです。
それだけ、発達障害と定型発達とは見分けがつきにくいということなのでしょう。

今はやっと息子(年長)が療育に行けることになりました。
娘の時にいろいろ習い、生活の中にも取り入れ、仕事もあるし、もう行かせなくても良いかもしれないと思っていましたが、やはり行かせて良かったです。
自分の生活をより良くする工夫を、自らやり始めました。
手順書を作ってみたり、カレンダーに予定を書き込んでみたり。
知的にはそこそこの力があるので、導き方によっては、かなり面白くなりそうな予感がします。

療育センターに通ってみて、「支援」と呼ばれるものは、教師の仕事と親和性が高そうだと思いました。
保護者研修で、小学校の先生が実に楽しそうに支援の実際について話されていて、「そうそう、こうやって仕掛けておいて、その策がピタッとハマる時が、最高に嬉しいよね」と思いながら聞いてました。
あの笑顔の理由がわかる保護者は、私しかいないかも、と思っていました。
行動の理由が分かれば、いくらでも手が打てるし、手を打つことは、教師の仕事の楽しみの一つでもあるし…と考えれば、もっと小学校の先生には期待できるのかもしれない、と思いました。
(個別の対応はほとんど期待してません。「うちの子にわかりやすければ、全員にわかりやすい」という意味で、手を打ってもらえるのではないかと考えてます。)

他にも療育センターに通って良かったことはたくさんあるのですが、今日はこの辺で。
今年は仕事のことでも書き込むかもしれません。
まぁ、ボチボチやりますが。



[515] re:良いお年を

投稿者: SuperT 投稿日:2013年12月31日(火)23時04分52秒   通報   返信・引用

現場は悲鳴を上げているのにメディアはロクでもない情報を流し続ける、いったいこの先、日本はどうなってしまうのだろう、ということですよね。

日本にジャーナリズムはないといった言い方は以前からされていましたが、悪意に満ちた扇動、不確実な情報の拡散、批判のための批判、悪質な社会の攪乱――
 要するに面白く、売れればいいという姿勢は、確実に社会を悪い方向へと向けて行きます。

 私たちに何が本当はできるのか、来年こそ真剣に考えていきたいと思います。

 あと1時間で2014年。
 画期的な年にしたいと思います。

 それでは、良いお年を。



[514] よいお年を

投稿者: 傍若無人  投稿日:2013年12月31日(火)18時57分2秒   通報   返信・引用   編集済

書き込みがないねぇ。
ROMするのもいい加減にせんか!(と、他人事にする傍若無人)

昨年の今頃は、
発達障害の生徒と不登校の対応に悲鳴を上げておりました。
しかし、学校の方もこれにはとことん懲りたようで、
今年度からは、支援が必要な生徒のあれこれを統括する部署ができ、
不登校の3年生4人を卒業させる手順は着々と進んでいるようです。
この学年は、前の発達障害の子がいた学年ですから、
本当にいろいろあった学年でした。

ただ、4人のうちの1人は、いろいろな手立てにも関わらず、
先行きは不透明です。
この子、統合失調症の急性期にあり、自殺願望を抑えることができません。
「学校に行かなければならない」
という固定概念を持つ自分が学校を休んで病院にいる自分を許せない、
ということで、家やら病院にいるとにいると不安定さが増大するというので、
病院の指示だということで学校に来ていますが、自分から、
「さっき、ナイフで頸動脈を切りたいという欲望に駆られた」
と言い出す始末。
これ、発作的にホンマにブスッとやられたら、どうするんじゃろ。
でも、学校としては、
「来るな」
とは言えないようです。
このあたり、県教委からの指示なのか、管理職の方針なのか、
よく分かりません。
この項、不登校問題の経年の経緯により、
傍若無人が精神科医をイマイチ信用する気になれないというのを、
ちょっと割り引いて読んで下さいね。

職員の方は、動静はありません。
ま、無事に年越しができて、単純かつ純粋にうれしからずや。

さて、あちこち飛び散ります。
12月30日付けのキースアウトですが、
確かに、フィンランドは順位を暴落させたはずですよね。
でも、新聞に載っちゃったら、これが事実として世間に伝わります。
それに、データに載る「上海」やら{香港」、「シンガポール」、
順位をつけるためのサンプリングとして、よくないでしょう。
上海や香港に住んでいる子は、中国でもいい生活をしている家庭の子女だし、
PISAのテストをする学校ともなれば、相当選ばれた生徒が行く学校でしょう。
シンガポールは10歳で既に生徒の選別は終わっているはずですね。
順位上位は人口が極端に少ないか都市国家ばかりじゃないですか。
というか、そうなって当たり前です。

そういう国じゃなくて上位にいるのは韓国か。
じゃあ、韓国を見習いましょう。
そうすれば、大学進学率9割になるぜ。
嫌味で2013年を終える食えない傍若無人でした。

ことしも武闘派傍若無人におつきあいいただき、ありがとうございました。
来年もよろしくお引き回しのほどをお願い申し上げます。



[513] いったい何人が滅びればいいのか

投稿者: SuperT 投稿日:2013年11月12日(火)21時38分13秒   通報   返信・引用   編集済

平成23年度に病気を理由に休職した小中高校・特別支援学校の教員が8544人、内うつ病など精神疾患での休職者は5274人(62%)です。10年前の2倍以上になります。

 毎年出るこの統計において「現職教員の死者と死亡原因」の発表がないのがいつも不思議です。死んでしまったものはどうでもいいということなのでしょうか。

(話を戻して)
また、「休職」というのはどこの社会でも完全にダウンの状態であって、休職には至らないものの年休や療休を細かく食いつぶしながら1年を何とかしのいでいる教員も少なくありません。

 またそうならないために担任や部活顧問、そのほか重要な校務をすべて忌避して、同僚から蔑まれたり迷惑がられたりしながらも、かろうじて職にとどまっている人もいます。

 私はヤケクソ半分に、
「もっと教員が死ななくてはダメだ、もっと大勢が狂わなくては社会は理解しない」
とか言ったりしますが、実際に同僚が次々と早世し、病気に沈んで行くとなれば、そうした言葉も不謹慎なたわごとでしかなくなります。

 心よりご冥福をお祈りします。
 そして心を病む先生方の、一日も早い回復をお祈りします。

 日本の教育の質の悪さを指摘するのは、おそらく世界中で日本だけです。他の国から見れば日本は絶賛の対象です。

 しかしそれが教員の、信じがたい自己犠牲の上に立っていることを、なぜ人は理解しないのでしょう。実際の保護者の多くがそのことを理解しています。

 しかし世界は一部の不満の多い人たちによって動かされているみたいです。




[512] ショックなこと

投稿者: 傍若無人  投稿日:2013年11月11日(月)00時09分12秒   通報   返信・引用   編集済

2013年 7月13日(土)の書き込みの続報を書きます。
…、書き込まなければなりません。

先月、かつての勤務校の同僚が死亡しました。
脳幹出血でした。
担任、生徒指導、クラブ顧問とフル回転してもへばらない体力の持ち主でしたが、
傍若無人の転勤後、しばしば体調を崩すことがあったそうです

そして今日、またまたお通夜に行ってきました。
この人とは20年来の付き合いでした。
こちらも同じで、仕事、仕事に明け暮れていた人で、
見るからにストレスの塊、といった生活をされていました。
自分で救急車を呼んだのに、
病院の処置室に着いたときは100%死体だったそうです。
心筋梗塞でした。

二人とも40代後半の働き盛り。
これから、というときでした。
知り合いがたった一月で二人も死なれたら、
武闘派傍若無人もショック小さからず。
…、武闘派はケンカ以外では弱いなぁ。

我が田舎県、これで今年の現役教員の死亡は高校だけで3人となりました。
それでもきっと、マスメディアあたりにかかったら、
「生活習慣病なんだから、本人の不摂生が原因」
で済まされるんだろうなぁ。

勤務校の状況(2013年 7月13日(土)参照)ですが、
休職危機3人のうちののAはロープダウンのままテンカウントが入りました。
うつ病の再発です。

同じくうつ病から復帰の休職危機F(初登場!)は危ない状況です。
死んだ貝のように黙りこくっているかと思えば、
朝礼の最中にうつらうつらと居眠りをしていたり。
クスリが効いているのがありありと分かります。

それとは全く別のG(初登場!)も雰囲気がおかしい。
感情の浮き沈みが激しくて突然泣き出したり、
時には理解しがたい被害妄想に駆られてやたらと攻撃的になったり。
統合失調症の初期のようにも思えます。

一つの学校でこれだけ起こっている。
こんなのは、勤務校だけじゃないんだぞ。
傍若無人が着任する前年には、1年に2人も死人が出た学校だったことを思えば、
死人が出てないだけ、今年の勤務校はまだマシなのかも知れない。

どこぞの総理大臣は、実態をろくに知ろうともせず、
「日本の学校教育は死んだ」
ことにしているが、教員だって死んでいるんだ。

勤務校は教員志望の生徒が多い学校です。
教育学部出身の傍若無人はそういう生徒への助言は惜しみませんが、
必ず一度は、
「止めた方がよい」
と言うことにしています。
病気になったり死んだりするのは年齢がいった教員ばかりではない。
採用されてたった2ヶ月でうつ病になり、首を吊った女性教員の事件を、
同世代の娘の父親でもある傍若無人は、どうしても忘れることができません。



[511] 遅くなりました、傍若無人先生。

投稿者: SuperT 投稿日:2013年 7月22日(月)19時43分4秒   通報   返信・引用

 返事が遅くなりました。申し訳ありません。
 学期末で忙しいこともありますが私生活に変化があり、帰ってからの方がバタバタしています。ネット環境のないところで過ごす時間が長くなって、いろいろ不便です。そしてそのことも含めて、常にロープ際に押し込まれていますが、それなりによく戦っています。そんなところです。

 傍若無人先生のお話を聞いていると高校も大変なところになりました。私が子どものころなんて、高校の先生は授業のない時間を“自宅研修”とか言って家に帰ってしまったりしていました。学級担任を持たない先生の中には、授業のない曜日をつくって丸一日“自宅研修”にしてしまう人もいたという話です(これについては事実かどうか知りませんが)。
高校の先生は義務教育よりもさらに高い専門性が必要ということで、研修が強く奨励されていたのです。そしてそのために、高校の教諭から大学の講師へ歩みを進める人もけっこういました。しかし今はそういう訳には行かないでしょう。
いわゆる底辺校は生徒指導に忙しく、トップ校は有名大学へのさらなる進学率上昇と、受けるプレッシャーの量と質が違います。それでも世の中の人たちは、自分たちの高校時代の、のんびりとした教員の姿しか思い浮かばないのかもしれません。

取りあえず誰も死なないように、職員同士かばいあい、支えあって頑張りましょうと・・・言いながら、一方で「もっとたくさんの教員が病み、もっとたくさんが死ななければ日本の教育は変わらないかもしれない」との悪魔の囁きも頭の中に響きます。





[510] 最近、書き込みがないなぁ

投稿者: 傍若無人  投稿日:2013年 7月13日(土)09時54分54秒   通報   返信・引用   編集済

と、物議を醸す書き込みをする迷惑な傍若無人です。
ST先生、お変わりありませんか。
今日の書き込みは登場人物が多いので、名前(仮称)入りです。

このところ、多忙を極めておりました。
昨日、1学期末の成績を出しましたが、
伝票の出来上がりが成績会議直前。
理科は他教科に比べて採点に時間がかからない教科と思っていますが、
時間的にこんなに追い詰められたのは、採用以来、初めてです。
休職1、休職危機3で始まった今年度の勤務校ですが、
6月も末になって、3のうちのAがロープにもたれてグロッギー状態。
Aはもうダメ、と踏んだ担当教科では期末の仕事の分担までやりましたが、
断続的に休みながらもなんとか保ったみたいで、7月半ばを迎えました。

さて、昨年から教務担当の傍若無人を悩ませているのは、
いろんな不登校の生徒です。
今年は、普通の(って何じゃ?)不登校が3人、
これは、まあ、いいか(全然良くないけど)。
問題は、本人が
「いじめられたから、教室には行きたくない」
と主張しているB。
文科省肝いりのいじめアンケートをつい先日したばかり。
新聞に乗り込んでこられたりしたら大変だし、
管理職がそれを警戒し、先手を打とうとしているのはわかるけど、
教員の方が、それでなくても手一杯なんですね。
ついでに、いろいろな行事が錯綜する夏休み、場所もない。

学校に来ていないんだから、理系科目で必ず欠点が出ます。
その補充講習は、「いじめ被害者」のB一人を相手に別口でやれと言う。
同時進行で、特別授業(勤務校では夏休み中にも全員出席の授業がある)、
実力養成講座(進路指導部主催)もやっています。
それでなくても、研修会だ、会議だ、合宿だ、試合だ、大混乱の夏です。

「カラダを3つにしろ、ってか?」

と、傍若無人の正体を知らずに食ってかかったCがいました。

「文句があるなら、なんで会議の時に言わんか!
今さら言いたいなら、オレが見ててやるけん、その大声で教頭に言ってこい!」

と反撃しましたが、自分でもそう思っていただけに、
ちょっと迫力が不足しておりました。

地歴公民や理科では、その科目の専門が1人しかおらず、
授業、宿題、考査、補習の全部を3学年分やらなければならないことがある。
そこに、受験指導が加われば、本当にどうにもならなくなる。
傍若無人も理科担当、何度も経験してよく知っているし、
今年のCもそうなんだ。
…、Cだってよく分かっていたに違いないないのだ。
暑くて忙しくて、たまって減らない仕事にイライラしていたとは言え、
やって返した傍若無人は、エエ年をかっぽじって大人げなかった。
心から反省している今朝です。

でも、傍若無人は知っている。
Bは1年前にあったDいじめ事件では、笑う側の立場にいたこと。
今年の4月、新クラスができて間なしに新グループを作り、
Dをもう一度標的にしようとして失敗。
おとなしそうに見えるEをカモろうとしたが、実は気の強かったEに振り払われたこと。
きっと、仲間割れして、今度はBがはみ出したんじゃろ。
「キース・アウト」でST先生が指摘した通りのことが起こっています。
これで、Bが被害者、ってことになりますね。
となると、加害者はBの取り巻きだった付和雷同組か。
何だかねぇ。
進展があればまた書き込みますが、
進展って、何が進むのか、これもようわからんねぇ。



[509] 大阪の体育教師先生へ

投稿者: SuperT 投稿日:2013年 6月23日(日)18時08分27秒   通報   返信・引用

返事が遅くなりました。
ここのところ部活が大会続きでほとんど休めないのが実情です。私的には家の裏に1アールほどの畑を持っており、農業というには小さすぎ、家庭菜園というには大きすぎる規模でけっこう手を焼いています。これといった機械もないのでいちいちが江戸時代みたいな作業です。幸いここのところ雨が続いてくれたので作物も元気を取り戻しましたが一緒に雑草も元気になり、毎朝1時間(5時から6時まで)畑仕事をしてからの出勤となっています。

学校の方は、悪い状況ではないのですが良い方向へ引っ張る手立てが見つからず、全体として手づまりな感じです。具体的言えばたとえば、発達障害が疑われる子で不登校気味の生徒に対して、試す手段がそろそろなくなってきたといったことです。

不登校が学校の課題として上がってきてそろそろ40年、発達障害が立ち上ってきて20年。その双方について、私たちは何一つ決定的な対応策を見いだせずに来ています。ここの教師を締め上げるのではなく、さまざまに人を入れ、一種の人海戦術によって問題の核心に迫るようなことはできないものでしょうか。

私は一クラスの人数を減らすことによって問題が解決するとは思いません。きちんと機能するクラスだったら1学級100人だってかまわないのです。しかし課題を持つ児童生徒の対応は基本的に一対一でなければなりません。そのための人間を入れて行かないと、子どもも保護者も教員も疲弊しきって終わりということになりかねません。

教師の方はいいのです。3年たてばその子は学校から出て行ってしまうのですから。
中途半端にいじられた上で「ここから先はご家庭で」と返される家庭の方が何倍も大変です。



[508] お返事ありがとうございます。

投稿者: 大阪の体育教師 投稿日:2013年 6月 9日(日)01時21分30秒   通報   返信・引用

Supert先生

先生自身が学校のSSWなのですね>違います!

小中では大阪府の市町村により違いますが、全校配置されているところもあると聞いていますが、殆んどが「拠点校」に配置され、巡回されているみたいです。

高校では、「学校長(定時制は准校長)で話し合って校長裁量予算」という制度で、昨年は確か大阪府に10校未満に、一日3時間年間10数回の割り当てで来て頂いています。

資格として「社会福祉士・精神保健福祉士等」を持っておられて、本校では「精神保健福祉士」の方で、強みとして元公立学校の養護教諭をされていて、学校のシステム等に造詣が深く、実践的なアドバイスを頂けます。

自分は、その方と該当担任との「コーディネート・繋ぎ」役で、ケース会議には、管理職や関係教職員を召集します。

事案の緊急性(重篤な自傷行為・虐待・経済的困難等)に応じて、一次・二次・三次と援助の方向性をチームとして決めて行きます。

「それは教師の仕事ではない!」>ここはいつも頭の痛いところでもあります。
そういう方と昔ならやり合っていたでしょうが、今はそんなパワーはありませんが、多数派を形成し、研修や事例、資料等を提示することで、理解が深まりつつありますが....,

自分は保健部所属で、多少の授業軽減措置もありますが、雀の涙程度です。

また、最近は「教師はカウンセリングなどするものではない!」というスタンスに変化してきております。
学校は「教育するところで、いわゆる社会化を持って社会に送り出す」治療を要するような事案は専門家に任せるだけでなく、その状況を把握し、外部関係機関と協働をしていけたらよい方向性が導く可能性があると思います。

ともかく、昨年の担任経験から「就労支援」の際に、難解な課題にぶち当たり、教師の仕事の限界を身を持って体験しました。

しかし、SSWrは醍醐味のある領域だと日々微力ながら「調味料のように味付けしながら、マニュアルのない領域を広めて行こうと思う今日この頃です!

長文失礼しました。

http://sports.geocities.jp/selfcontrol_teacher/index.html



[507] 大阪の体育教師先生

投稿者: SuperT 投稿日:2013年 6月 8日(土)23時16分8秒   通報   返信・引用   編集済

 返事が遅れました。今週はとてつもなく忙しい週でした。さて、

 保護者に経済的に困難な方がいて、市役所も取り合ってくれないというお話がありました。市役所で扱いきれないものを県が扱えるはずがないと思いながらSSWに連絡したら、いきなりあってくれることになってびっくりしました。まだまだ社会に浸透していない役職なので今のうちは余裕があるのかもしれません。

>「それは教師の仕事ではない!」と言う意見もないこともありませんが、
 それはいかにも高校的です。また、SSWの概念はアメリカから入ってきたものでしょうが、「学校は学問を学ぶところであて、子育ての場ではない」と考えるアメリカだからこそ生まれたものだと言えます。日本の小中学校とは別です。
 日本の小中学校から見ると、SSWの仕事は本来教員がやるべき仕事です。先生のおっしゃる
>近年では教師の疲労困憊が目立ち
といった状況で、私たちが十全にやりきれなくなった分野とも言えます。そしておそらく多くの小中学校教員が本気で取り組みたいと思っている分野でもあります。なぜなら、それこそが人間を育てる場面だからです。

 確認ですが、「大阪の体育教師」先生自身が学校のSSWなのですね。先生のようなプロがおられる学校ならそれでいいのです。しかし他のほとんどの学校では素人みたいな人がSSWを割与えられているのではないですか?
 そうなると先生の学校以外ではあまり意味のあることとは言えません。もちろんSSWを担う教員が担任も教科も持たない完全なフリーなら意味ある活動もできるでしょうが、普通の教員に割り当てたのではとてもではありませんが仕事になりません。

 私のところではよく訓練されたSSWが県教委に配属されています。しかし全県でわずか数名です。全学校が本気で利用し始めたら、とても足りる数ではありません。
 学校問題のほとんどは金で解決できる問題です。一校に一人とは言いません。せめて2~3校に一人、授業も担任も持たないまったくフリーのSSWを配属できれば、問題の半分はなくなるはずです。




[506] 『スクールソーシャルワーク』

投稿者: 大阪の体育教師 投稿日:2013年 6月 1日(土)01時23分13秒   通報   返信・引用

ご無沙汰しております。
今年度は、保健部に所属し、給食担当も兼ねて毎日Excelと格闘しながら食育に奔走しとります。
また、教育相談も大きく改変し「特別支援教育・SC担当(府教委の指示)、SSWr(スクールソーシャルワーカー)担当(校長裁量予算)、就労支援(パーソナルサポートセンター)とすみわけし、横断的なコーディネーターは今年度から定時制高校にも配置された「首席」がまとめることになりました。

自分はSSWr担当で、いわゆる有事の際の対応として「虐待・精神疾患」などの危機的状況をPSW(精神保健福祉士)と連絡取りながら、具体的には「インテーク・アセスメントケース会議・プランニング・まとめ、振り返り」など方向性を出しています。

何せ、定時制高校には様々な生徒が入学しており、各校その対応に苦慮しており、このようなシステムがうまく動けば、教師も本来の教育活動に専念できると思うと同時に、「それは教師の仕事ではない!」と言う意見もないこともありませんが、ともかく生徒の主役である学校では今注目されてきております。

何かのお役に立てばと思って、
長文ですが、その概要を引用いたします。


『スクールソーシャルワーク』(学校福祉援助技術)

Ⅰ スクールソーシャルワーカーの必要性

 現代では、子ども達の犯罪の低年齢化、働かず学ばずなにもしないNEETの増加、発達障害児への支援の拡大等様々な面での自傷他害行為が広がってきている。エンパワーメントでは、この自傷他害とは、自分の人生を傷つけ、日本の将来までを傷つけかねないという意味でも述べている。

 このような状況が子ども達に取り巻く中、公立の小学校・中学校においてスクールカウンセラーの導入が実施された。もちろん地域によってはスクールカウンセラーが不足している場所もあるだろう。最も注目されるべき点は、国が子ども達の心理的側面の支援の拡大の必要視したところだろう。

 しかし、スクールカウンセラーの仕事範囲は、個人における心理支援を中心としたところで精一杯な点が、窺がえる。それだけ、個々の対応だけでも問題が多いのである。

 そんな中、注目されているのが、スクールソーシャルワーカー(以下SSWとする)である。日本社会事業大学の山下英三郎氏をはじめ、先駆的な活動がされている。また香川県においては、教育委員会が中心となり、SSWの派遣を行っている。SSWの仕事は多岐に渡り、内容はカウンセリング、コンサルティング、研修、各機関との連携、社会資源構築等一般の専門職に比べ、その領域に終わりはないほどである。現在、注目されている特別支援教育における特別支援教育コーディネーターとしての機能も今後必要視されてくるだろう。なお東京都では、自由学園において2005年より、また平成2006年より杉並区、2007年より渋谷区とSSWを配置している情報が入っている。
 以上のような活動により、2008年より全国141地域に配置となった。文部科学省における対応の早さは、それだけ子どもの諸問題の困難性と、教育と福祉を繋ぐ必要性が示されたと言える。

 また、NPO法人エンパワーメントの米川和雄氏は、本人の自発性を高め、本人の求める方向性を確立させるといわれるコーチングを学校支援に導入し、先駆的にSSWの展開を行っている。日本で初めて、子ども、保護者、先生に対する支援・協力にコーチング(学校コーチング)を用いている。このような事例は大手コーチング団体等が研修的に参画するという事例があったが、子ども、保護者、教師に対する総合的なソーシャルワークという幅を広げた支援は他にないだろう。

 なお同法人においては、スクールソーシャルワーカー養成講座を実施する予定らしい。

Ⅱ スクールソーシャルワーク

1 スークールソーシャルワークについて

 学校福祉援助技術のことで、社会福祉学を基盤に精神医学の知識や心理学等の幅広い知識をあわせ持ったSSWが行う、学校保健福祉領域の社会福祉援助技術である。スクールソーシャルワークの目的は、すべての児童・生徒(・学生)の知的・身体的・情緒的・社会的・人格的成長・発達の援助をするための活動である。さらに学生においては、以上を包含し、キャリア形成等の社会的側面をより視野に入れる。

2 援助技術について

 援助技術としては、カウンセリング、ティーチング、コーチング、アドバイス、コンサルティング、ファシリテーション等があげられる。この中には、エンパワーメント、ケアマネジメント、キャリアマネジメント等が入る。

 その機能はソーシャルワークと同じく側面的・支援役割としてのイネイブラー機能、代弁・弁護を行うアドボケイター機能、組織・クラス等の運営・管理の支援を行うマネジャー機能、緊急時の介入による保護を行うガーディアン機能、環境・状況を調整するネットワーク機能、教育的側面を持つエデュケイター機能等様々な機能がある。

3 SSWの活動

①相談活動

 子ども達・教師・保護者が中心となる相談主体である。一般的にわが国において、SSWは非常勤勤務であるため、その相談活動の中心は子ども達でなくてはならないのだが、スクールカウンセラーと異なり、教師との相談・連携を中心に活動することが望ましい。これは個を主体とするスクールカウンセラーと異なり、クラス、学年や学校を視野に入れた活動であるところからも言える。現状のスクールカウンセラーでも、このような活動をする人は多い。

■相談の体系

1)個別面接・・・最も多いものであり、保健室に来る子どもや自主的に相談に来る子、教師に連れられてくる子等、また問題を抱える子どもを持つ先生や保護者の面接など1対1で行うものである。

2)グループ面接・・・何らかの問題について子ども・教師・保護者等の関係者が集まり面接を行うもの。

②ふれあい活動

 相談室以外で、子どもに触れ合うことで、より子ども達について理解及び援助効果を上げていく活動。保健室でのお話し、授業参加、遠足に一緒に行く等。スクールカウンセラーでは、人により来談した子どもとは外で話さない、という規律がある場合があるが、SSWにおいては、その敷居はケースによるため、敷居は低く柔軟に対応が求められる。

 相談便りの配布、朝礼での挨拶、そして保護者との懇親会による触れ合いを考えることで、子どもを支援することに繋げていく。

③連携活動

1)校内における連携

 教師・教師会、父母・父母会、寮母・寮母会、ケース会議、学年会議、職員研究会議等における専門家としての立場からの連携やファシリテーターとしての協力による連携が求められる。近年では教師の疲労困憊が目立ち、メンタルヘルス研修等がSSWに求められ、この点はスクールカウンセラー・養護教諭との連携が必要になる。

2)校外における連携

 病院・クリニック等の医療機関、児童相談所・公的な教育相談室等の福祉・行政機関、警察等との連携が求められる。とくに精神疾患、発達障害、引きこもり、自傷他害の行為、虐待等の場合、校外の機関との連携は不可欠である。

④学校への支援活動

 社会福祉士が社会福祉法等を理解すると同様に、SSWは学校の理念や指針を理解し、年間計画に基づいた学年・学級活動への支援を行う必要がある。さらに、子ども達や保護者の意向を汲み、活動することも必要視されるため、SSWは中間的な立場をとる困難性をどう克服するかが醍醐味でもある。

4 援助サービスの視点

 SSWの学校における援助として3段階に分けることができる。対象分けでは学校心理学における分別と同様だが、内容が異なる。

①一次援助サービス

 すべての子どもを対象とした健康教育、ソーシャルスキルトレーニング等、集団的成長への援助サービス。自己実現や予防的効果を求める対応。現状の学校でのQOLの維持・向上等。

②二次援助サービス

 一部の子どもを対象とした早期対応による問題の早期解決の援助サービス。登校しぶり、万引き、学習意欲低下、摂食障害等の自傷行為に対する対応。集団における発生・発症等で見られることもある。

③三次的援助サービス

 課題を抱えた特定の子どもを対象とした問題の改善・解決の援助サービス。不登校、いじめ、発達障害等への対応。

支援チームの確立や解決後の予防等を考えていく(一次援助サービスへ)。
なお、2001年に起きた大阪教育大学付属池田小学校においては、その学校危機の活動において、最も早期に協力体制を築いたのはソーシャルワーカー達であったという点があり、アメリカのSSWと同様に学校システムを支える専門家になることが示唆される。

引用:NPO法人エンパワーメント

http://sports.geocities.jp/selfcontrol_teacher/index.html



[505] 傍若無人先生

投稿者: SuperT 投稿日:2013年 4月29日(月)19時00分22秒   通報   返信・引用

 息子が赤ん坊のころ熱を出したのに病院に連れて行けず、一日置いて診せたところ医者に頭ごなしの怒鳴られたことがあります。
「これだから教師はどうしようもない、自分の子どもを殺すつもりか」
 高熱の上に目がひどく充血していたのですが、この二つの特徴を持つのはプール熱か川崎病で、後者だと命に係わるのだそうです。
 幸い息子は前者で事なきを得ましたが、それは単なる結果論です。確かに教員は病院に行くのが遅れます。

>しばらく体調不良を訴えていた若い先生がようやく病院に行ってみたら、

 私の知る限り、ガン死の最短記録は一週間です。直接面識のあった教員ではありませんが、ほんとうにどうしようもなく体調が悪くなって、いやいや病院に行ったその足で入院し、翌週亡くなったのです(最短記録というのは不謹慎かと思いますが、休みを取るという点でまったく劣悪な学校の状況に対する皮肉として、そのままにしておきます)。
 同僚の方、もう少し早く病院に行けたらよかったのに。
同じ教員として一刻も早いご快癒をお祈りいたします。

 この4月は私も本当に忙しかったように感じました。もう十分にベテランなのでいい加減慣れてもよさそうなものですが、慣れるよりも先に仕が増えています。本年度は「全国学力学習状況調査」悉皆が痛かったですね。
 自校の課題を見つけるのが役割の試験だからテスト対策はしなくてもいい、などと言いますが、点数が低ければ市教委も県教委も(というか議会が)予算を盾にネチネチと苛めるので対策を打たないわけにはいきません。
ほかの都道府県もすべて試験対策をしないという確約でもあればいいのですが、ここまで来ると疑心暗鬼。せめて無回答が出ないようにと、テストの受け方の練習などをさせました。
始業式・入学式ばかりでなく、PTA総会だの生徒総会だのと、さまざまなことを始めなければならない時期なのに忙しいことです。

 ゴールデンウィークの前半が終わりました。部活によっては三日とも試合と言うところもあります。
 連休中なので多くの保護者が応援に来てくれました、その間顧問は休めないのですが、保護者が子どもと一体になる稀有な時間です。大切にしたいと思いました。

>ういうわけで、ここしばらくは掲示板から遠ざかることになりそうです。

 そういわず、時々顔をだしてください。



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