ヤプーズマーケット物語編==>小説の場合は「題名欄にタイトル名+連番等」
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Mという悲劇5
投稿者:
S
投稿日:2007年 5月 5日(土)15時44分3秒
日下氏が経験・体験してきたものには様々な形があったのだが全ての場合において自己が支配者または上位的な身分であったことは特長てきである。換言すれば「負け知らず」なわけである。元来的にやや上流的な育ちや環境だったことがその起源である。具体的な行為は以下のような変遷をたどる。
先述通りで最初(性の目覚める前)は同性または異性への苛め方は暴力的支配であった。しかしその中においても形式的な屈辱行為を相手に強要することもあったようで、全裸にして廊下を走らせるまたはクラス中の人間に土下座して謝罪させるという行為強要的な他者支配も小学生の頃より楽しみの1つになっていた。
日下氏によれば性欲の発達と同じくして「セクシャリティー」を介したいじめが台頭してきたため暴力的ないじめは早い段階で飽き始めてしまったという。
無論ターゲットは女子のみならず男子にも至るのだが、女相手がSEX目的ならば、同性に対してはその当事者(被害者)の性=屈辱をイメージつける行為を好んでさせた。例えば強制オナニーショーなどなどである。また後年のマゾ男へのいじめの根幹の1つであるがいじめられっこ男子といじめられっこ女子の下民カップルの強制も楽しむなど最近の社会問題のイジメのレベルと比較しても遜色ないほどの凄サドぶりがかいまみえるエピソードもある。また自分への隷属の証としての足舐め・アナルキス・飲尿強制なども好んでさせ始めたのも中学生の頃だったという。
これは今運営しているクラブにも適合するコンセプトだが恋愛・SEX・性における最下層民は「醜い容姿の男性」であるという観点そしてそのような愚民はマゾという性癖を持ち合わせやすいという論法に気が付き始めたのもローティーンのときである。次項ではその理由を述べまた問題点に関して言及してもらう。
Mという悲劇4
投稿者:
S
投稿日:2007年 4月20日(金)11時33分57秒
後年になってから気がついたことであるが、どうやら大別して2別あるらしい。
「本当は望んでいるのだけど、行為自体が異常または常識的観点からして屈辱・苦痛を伴うため本人的にやって欲しいと言い出せず相手の強要というエクスキューズをもってしてされる甘美な屈辱」
というものと
「本当に嫌で嫌で考えただけでも吐き気と苦痛しか存在しない屈辱」
というものがある。
所謂正当な(笑)SMとは前者の屈辱を指し示す。しかしながらS側(特にS女性からすると)前者の屈辱とやらは言うなればM本人の願い希望をかなえるための道具として自分達(S女達)が存在しているようにしか見えなくなり結局それらをエゴマゾと呼び忌み嫌う傾向にあるらしい。
しかしモノは考えようでどうにも低能なS女性に欠如してる視点を補う必要があるらしいと、日下氏は日々考えている。
よく考えればわかるとおりM男というのは自分の口に出すのも恥ずかしい「欲望」を所有している人種なわけである。しかもその欲望をかなえる場所や機会に恵まれてない。ということは、戦後食糧難の時代の闇市で売られていた劣悪な質の商品がバカみたいに高値で売れた構造と同じでかなり無茶な対価を要求することが可能な大衆ととらえることが出来るのではないかという思考に切り替えるようにアドバイスをしている。しかもこれこそ深長に考えてもらいたいのだが、M男にとってS女は神格化した存在である。たいしたレベルの外見でない女ですら女神(爆笑)にしてもらえるわけである。かつて日下氏が幼年期に徒党を組んでいじめっこグループだった時にいた女子の中でやはり強度のサディズムを発揮した女子を分析してみるとクラスの中で最も美人の子ではなくやや落ちのNO2またはNO3の子達だった。
(日下氏の主観だがその理由を考えてみると最も可愛い子は普段からチヤホヤされているえせいか自己愛が充足されている傾向にあり下民に対して強烈なサディズムを発揮してバランスを調整する必要がないためなのではないかと思っているらしい。確かにそうかもしれない・・・・ただ日下氏にすればSEXの相手はそのような充足されている美人に限るが、強烈なSパートナーとしてはやや不満が鬱積している準ミスの女のほうが楽しいとすみわけしているらしい)
簡単に言えば中途半端なBクラスの男女であって、Sという称号冠をつければ「労
せず」王・女王へ昇格できしかも勝手気ままに相手を残酷にいたぶりしかも楽ができるようになるための方法論がSMであると理解を促すように中途半端な若いバカ男女カップルを育成している。
Sさんへ
投稿者:
下男
投稿日:2007年 4月17日(火)23時41分39秒
一生涯にわたるいじめの傷跡、生々しいですね。
尾島は屈辱的でみじめですよね。
もっと聞きたいです(特に女子にどのようにいじめられたのかが)。
Sさん、よろしくお願いします!
Mという悲劇3
投稿者:
S
投稿日:2007年 4月16日(月)21時53分43秒
日下氏曰く暴力的な行為は好まないとはいえその暴力が後年その被害者に心因的影響・・・いや屈辱を思い出させるために有効な傷跡を与えるならばS側にとって一瞬の楽しみであれども楽しいものだと考えている。
日下氏の「いじめっこ人生」はその一生涯にわたり傷を与えた時の一瞬の快感がその起源となっているからである。
具体的には小学校2年の頃であるがある種のクラスのリーダー的存在だった日下氏にとって目障りなクラスメイトがいた。所謂生意気な奴名前を仮に尾島とておく。その尾島という男の子を体育館裏へ呼び出し土下座させ奴隷としたのが同性の奴隷をもった最初の経験だった。無論今でいういじめの要素は全て包括していた。(金銭の強要・パシリ・羞恥芸・などなど)しかしながら当時は性的ないじめの要素がなく変わりに暴力的行為が主だったものである。
鼻血ゲーム(=いじめっこ何人かで尾島の鼻先にグーパンチをして誰のパンチで鼻血がでるかを競うゲーム)
顔面もみじゲーム(=平手(ビンタ)でだれが綺麗なもみじを尾島の顔面に咲かせるか)
顔面マット(豚鼻にさせられた尾島の顔面に乗りどこまで鼻が釣りあがるかのゲーム)
等など今考えると大した工夫もないゲームであったが後年尾島に会ったときに彼の顔の鼻は大きくひん曲がっていて日下氏を初めとしていじめっこグループにとっていい酒の肴となったことだった。
また無論その尾島をいじめていたグループの半数は女子が混ざっていたことも日下氏のその後の女性観に大きく影響を与えているのであろう。
わくわくしますね
投稿者:
M奴隷
投稿日:2007年 3月24日(土)08時28分27秒
Mという悲劇。。。すごく展開がわくわくしますね。どんな屈辱・無念、理不尽な命令
があるのか。。。
Mという悲劇2
投稿者:
S
投稿日:2007年 3月23日(金)01時40分18秒
簡単に言ってしまえばそのクラブのS男女カップルのやりたい事とは「自分が死んでもやらされたくない事」をM男にさせる事である。
この文のタイトルそのもので全くMにとっては悲劇的な事である。
では具体的にどのような事をさすのであろうか考えてみる。
日下氏がなぜ会員のS男女に年齢制限を提示したか?日下氏は現在30代後半である。中々の好男子で未だに女性には不自由しないであろうと思える。
しかし当人曰く極度のS性を自覚しつつもさすがに若い頃のような残酷な精神性は衰えたと自覚しているらしい。また価値観が多様化し、容姿がもつ魅力が絶対的基準であった時期のような単純な思想に懐疑的な自分に気がつき始めている。又逆も真なりで、若い時期より容姿を醜いと想い悩んでいた人物がある年齢以上になるとその悩み自体が消え去って様々な自己の属性の一部として容認し自己と折り合いをつけてしますケースが多くみられる事もなんとなく実感してしまっているらしい。
美しい支配者達もやがてはその容貌が衰えてしまいそのカリスマ性や価値が消えてしまう傾向となり、又被支配屈辱コンプレックスの原動力たる醜い容貌も時の風化に問題点が消却してしまうというのが限りある人間の性欲の定めなのかもしれないと考えている。
そこで日下氏の楽しみ方は、早い段階でステージを降りまさに旬の支配者と被支配者の物語を演出し監督するという立場で楽しむことに気がついた。だからこそこのクラブのS男女は年齢制限をして選別し、もっというなら役者を揃え、そして被支配者達はやはり予想通りの醜い容貌の中年M男性達は集まってきた。年齢は20代後半から30代後半位がほとんどを占めている。
さてさてそのようにして集まった支配者の若い美しいS男女においてはいくつか問題点があった。最大の問題点はSMというものをはきちがえてて解釈していることであろうか。
ムチ・ろうそく・縛り・・・・などというステレオタイプのものは論外として、日下氏がS会員登録の面接を行う段階で教育をしていかなければならないと痛感するケースがほとんどである。まずもって若く美しい男女の特徴的な点は「コミュニケーションとして他者と対応する能力を有している点」である。無論日常生活においては大変重要不可欠なスキルだがこのクラブでMという下僕と向きあうときは逆に足かせとなる。
日下氏の論でいうなら可能な限りM男にはS女性に触れさせるチャンスをなくすべきと考えている。M男にとってはS女性と接見できるだけで満足と思わせることが最も重要なテーマであると考えている。
先にあげた「自分がやらされて嫌な事」をM男にさせて楽しむのが目的である。そして他者に嫌な事を強制する喜びと美しい者の特権と学習し会得してもらうのが目的である。形式的にはM男にとっての楽園とうたいM男を募るのだが実質はS男女にとってのパラダイスでなければならない。それが確固たる信念である。そしてM男にとっては本心からの苦痛と屈辱のみを与える場所がこのクラブの実体である。そしてそんなM男の惨めさ悲惨さを見てたのしみそしてそれらM男への不条理な命令を与えどんどんS性が開花する我侭なS男女の誕生成長を楽しんでいくのも目的である。
そしてもしかしたら最大の密やかな日下氏の楽しみ方はそのような我侭をとうしそれが当たり前となった唯我独尊の自己愛を容認された楽園の主たるS男女にやがて訪れるであろう楽園からの年齢による排除追放後のメンタリティーの崩壊や不満とともに余生を過ごすハメになるS男女の後日談を聞くのも楽しみである。
日下氏は思っている。この世に絶対的勝利者などいないと・・・・
久々に
投稿者:
SM
投稿日:2007年 3月21日(水)17時36分3秒
新しい小説が、投稿されましたね。
続きは無いのですか?期待しています。
Mという悲劇すごい
投稿者:
M奴隷
投稿日:2007年 3月21日(水)10時02分45秒
実はがモチーフですか。。。。。
私も若い美しいカップルに肉体的、それ以上の精神的に屈辱・無念を感ぜさせられる
ことに興奮します。また、財産も何かも全て若いカップルに没収されたいとも思って
ます。是非是非、続きをお願いします。
Mという悲劇
投稿者:
S
投稿日:2007年 3月15日(木)13時18分50秒
都内に会員制のクラブがある。会員制ゆえにそこに会員登録できるにはそれなりの条件がある。まず第一の条件は容姿が美しく若い(男性は28歳まで女性は25歳まで)男性と女性のカップルであるということ、第二の条件は男女ともに強度のS性を持っていることである。上記2点を満たしたカップルは会員となるわけであるが、会費は無料である。
ではそのクラブはどのような財源をもって運営されているか疑問に思う方も多いかもしれないが、このクラブの会員にはSカップル以外に第三の会員が存在する。その会員がすべての財源となっているため安定した運営がなされている。
その会員の入会規約は以下のとおりである。
1:極度のマゾ男性であること
2:Sカップル様の命令(違法行為を除き)には無条件で服従すること
3:毎月¥200000円以上の会費をクラブに上納できること
この条件をクリア下ものが第三の会員と認定されクラブに自由に出入りできる。
この話は実話に少しばかりの脚色をしてお伝えするものである。
もともとそのクラブのオーナー自身は以前SMクラブを運営していた経験もありまた自身の押さえきれないS性癖を満足させるにはどのようにしたらよいか、また趣味と実益を両立させたいという目的のために設立したものであった。
そのオーナーを仮に日下氏としておく。日下氏の性癖は根っからのサドであった。昔から男女を問わず服従させることの快楽を求め続けて今日まで至っている。
彼にとって最大の不満は全くもっての自己都合のみでのPLAYといいつつも相手を斟酌する所謂気を使うPLAYに嫌気がさしてきたのが20代のはじめの頃だった。マゾといっても限界がありその限界ラインすれすれでしか楽しめない自分にも苛立っていた。
どちらかというと社会でも有能の部類にはいる氏にはあまり暴力で相手を屈服させる行為に対しては疑問だった。人間という者は肉体的破壊によるインパクトより精神的破壊によるダメージの方が効果的で一生の傷として残り楽しめると考えていた。
肉体が精神を包んでいるのではなく、精神があって肉体が付随してるのが人間の構成であると考えていた。
そうなれば日下氏にとってもっとも支配感を満足させることのできる瞬間とは、その被支配者が本心から嫌なことをさせられた時の無念と屈辱にゆがむ顔を見ることがエクスタシーだと思っていた。
結局
投稿者:
ぽむ
投稿日:2007年 2月21日(水)22時55分35秒
嘘ですか・・・
(無題)
投稿者:
下男
投稿日:2007年 2月14日(水)21時22分3秒
私も楽しみです。
楽しみにして居ます
投稿者:
ぽむ
投稿日:2007年 2月14日(水)20時56分42秒
がまだでしょうか? つい急かしてしまいたくなります。 楽しみにしてるのでお願いします。
予告
投稿者:
変態二十歳
投稿日:2007年 2月 8日(木)23時07分58秒
お待たせしました。以前予告していた経験話をいよいよこの3連休中にアップする予定です。
変態二十歳さんへ
投稿者:
下男
投稿日:2007年 2月 3日(土)23時28分38秒
最近書き込みが少ないので、残念です。
楽しみにしています。
(無題)
投稿者:
変態二十歳です
投稿日:2007年 2月 3日(土)05時50分15秒
以前に投稿しました「変態二十歳」です。なかなか投稿する時間がなくて、すみません。
近々、体験談についての詳細を投稿しようと思います。
変態二十歳さんは
投稿者:
ぽむ
投稿日:2007年 2月 1日(木)02時59分36秒
居ないのでしょうか?
エゴマゾとエゴサド
投稿者:
下僕
投稿日:2006年12月22日(金)13時12分26秒
本年ももう少しで終わるようですが、そのような事には全く関心がない私としては先日来気まぐれに思っている事を書いてみます。
よく聞くのですが「エゴマゾ(M)」なる言葉があります。
どうやら女性に「・・・してほしい」という欲望と願望ばかりを唱える受動性欲者のことらしいのですが私が思うにその「エゴマゾ」の要求を不快に感じ、自分のしたPLAY(もしくは相手(M側)にさせたい事)だけをしたがるサディストをエゴサドと定義つけられると考えてます。すなわちSという立場Mという立場の相違があれど変態の世界はそのシーンにおいてどちら側のエゴが優先するかでどちらが満足するかが決定するのだと思っています。よってもっとも人間関係的に相性の悪いのがサディストとマゾヒストということになるわけです。
しかしそのような生産性のないお話になるとSMクラブや性風俗産業ならびにひいては社会の経済活動上停滞してしまうためどこかで妥協点を見出しサービスとしてのSを発明したのがクラブの女王様といったところでしょうか。
ただ問題点は世の中のマゾという人種は基本的に自己のエゴを満たすことのみに重点がおかれさらに無意識のうちに自分は被虐され虐待され虐げられているから受身で受容性のある人格だと思っておりさらに自分の虐待され限度なるもの(たとえば美人女性の小便なら飲めるがキモオタ男性のウンコまでは食えない)を詳細に設定しており、相手のS役の人間が少しでもその限界を超えた段階で烈火のごとく怒り狂うという難しい点があります。
かくゆう私もキモオタ男性の大便のカスのついた肛門を舐めさせられた経験がありますがやはりクソは拝受できなかったという程度のマゾな訳ですから。
そうなるとある美人エゴS女性は「マゾ男が別のキモオタ男性の一本糞をだべさせられる姿を見て大笑いしたい」というささやかな欲望をマゾ側のエゴイズムのためにかなえてあげることができない訳です。もし私が若くて美人で無条件で崇拝される女性に生まれてたら全く苦労などせず男性を物や消耗品のごとく残酷にあつかうはずです。そんな便所紙以下のマゾ男には当然上記のような行為をさせるでしょう。だって考えてもみてください面白いじゃないですか「ホモでもないただ単にマゾという男が、一見して吐き気を催しそうな外見のキモオタ男のウンコを、命令されて自分から食べる姿なんて」
さりとて私にはそのようなエゴサドの女に屈辱的な仕打ちをされて笑われて惨めな姿をさらしたいそして人生をもっとめちゃくちゃにされたいという欲望はあるものの残念ながら「自殺する勇気」がないため「しかたなく生きていかなければなりません」よってその暇つぶしに自己実現できない理想自己を投影したキャラクターを渇望しています。
その映像としてヤプーズマーケット様のマゾ男DVDは最高だと思います。来年もぜひ救いのないそして滑稽なそして惨めなマゾ男を生み出していただきたくリクエストします。
私の考えではまずもってS側がやってみたいこと、そしてM側にさせて見たいことなどを優先して考えていただきたく思っています。さまざまなアイディアがあると思いますが基本的に殺すのではなく「半殺し」が見ていて面白いと思います。
さらにいうなら視覚効果の高い半損壊がもっとも滑稽でしょう。体に関して相手に障害を与えるのは建前上問題にしても、たとえば相手の頭髪をぬいてハゲにするとか顔面になんらかの滑稽なダメージ(おでこに刺青 例えば「男の小便器経験あり」「若い男女カップル様の便所紙」「童貞」などなど)また豚鼻に整形させるとか、もしくは前歯を折るとか楽しいと思うのですがいかがでしょうか?
女性でも「グーパンチ」を顔面めがけてクリーンヒットさせれば男の歯くらいは折れると思うのですが・・・
来年も楽しみにしています。
下僕さんへ
投稿者:
カップルの足奴隷
投稿日:2006年12月 7日(木)00時28分26秒
孝夫の続きの話も期待してます。
上の者と下の者の身分制度の内容はまさに自分の実感と同じです。
私的マゾDVD(ビデオ)論
投稿者:
下僕
投稿日:2006年12月 6日(水)00時43分36秒
最近数本のDVDを購入しました。もしこのカキコミの中で他社メーカーの名前を出すことがまずい場合は削除してくださって結構です。
私が最も最初に購入したMビデオ(当時はビデオだけでしたね)は86年ごろでした。タイトルも出演者も全く記憶にないのですが、大変「ぬるい」作品でした。あくまでも女性にやさしくペットのように扱われる男の物語だったようです。購入して当日に破棄しました。86〜88年ごろはそのような経験がほとんどで90年初頭に「北川プロ」のビデオシリーズを新宿のカバリエで購入するまでは無駄な出費ならびに失望の連続でした。
とはいえ北川プロのそれらでも満足できるケースとそうでないケースなどもありましたが大学時代の90〜93年ごろは北川プロのビデオのファンでした。
主にハードな内容「ビンタ責め特集」「聖水特集」「黄金特集」はしばしのお気に入りでした。私は基本的にビデオに登場する女優の容姿には大して興味はありませんでした。その理由は画像画質の悪さゆえにあまりよく確認できない事や実際にやってる内容のほうに興味がそそられカ簡単にいえばまあまあの容姿(一見すればズリネタレベルの女)ならばだれでもいいわけで、ましてやビデオの中での女王と奴隷の信頼関係や人間関係などうっとうしい印象だけでした。
極力残酷なシーンを見たくて、人格など一切無視する内容を求めていました。
90年代の半ばからはさらにその責める側が女性だけのみならず、例えば女性のレベルつけに最も重要なファクターの顔を破壊してこっけな姿にさせる「鼻責めビデオ」や近年では「男を本気でボコします」というタイトルのビデオなども興奮しますね。またどの女王様だったか記憶がないのですが自分の奴隷の男にもう1人の奴隷のチンポをしゃぶらせたり、男の顔面をグーパンチでなぐるビデオなど随分私の女性のもと残酷性への憧れを具体化してる映像も興味深いものですね。また同時にバッキーという人物のコレクターというメーカーの出している「子宮破壊」ものや女に大便を食わせるなどの責め方をして楽しむ趣向のDVDも好んで見ています。基本的に男だろうと女だらおうと自己の残酷性を存分に発揮しているシーンがもっとも面白いと思います。また女王だった女性を下僕に扱うなどのパターンも面白いのではないでしょうか?
基本的にM側にたった映像や物語はだるいだけです。また男性がS役だと大体女をレイプするなどのパターンがほとんどの主流ですが両者ともに「ぬるい」だけです。
どうかまったくS側のエゴのみを優先させた映像をヤプーズさんには出し続けて欲しいものです。
やっかみや中傷なども多いようですが是非がんばってください!!
上の者と下の者 身分制度
投稿者:
下僕
投稿日:2006年11月29日(水)21時03分9秒
思春期頃には、世の醜い男性であって変態でない人間もいることは私にとって不可解なことと理解するようになっていました。
醜いということはすなわち全人格ならびに全人権を否定していいというよりされて然るべきと思っておりました。しかしながら社会や文化の要請からかそのような一元的な簡便な分類にはならないらしいと思わされたのは20代の中ごろになってからだったと記憶しています。残念なことに今もってしてそれは私にとって奇妙な世界観に映るわけですが、ちょうど20代中旬のころは頻繁にSMクラブへ行き美しい女王様とのPLAY(といっても石鹸のにおいか香水の香りしかしない足指を土下座しながらなめる程度のPLAYだけでしたが)において様々なトークを通じて
醜い男性でも金銭的能力がある場合には敗者復活戦的な形で恋愛結婚SEXステージへノコノコと登場しやや商品価値が落ち始めた旬をすぎ始めたイケメンとSEXを充分に楽しんだ出がらしになりかけた元美女と肉体関係をもつ男性もいることそのような事実を目撃することになるわけですが、・・・・
私の渇望する世界観ではそれらは相容れないもので醜い正常な男性諸氏にとっては朗報であるかもしれないそんな話は私にとっては混乱をさせられるだけの話でしかなかったわけです。
2〜3例を挙げるならばたとえば私が「真性の童貞です」と伝えたところで相手をしてくださる女王様にはどうやら信じがたいことらしく、またソープへいっても挿入するこたがおこがましいと感じてしまった旨ですらPLAYを盛り上げるための虚言にしかうけとられないこともありました。私的には「これだけの醜い外見」という説得力にある種の自信をもっていたのですが、どうやら醜い外見=童貞という観念そして マゾ=屈辱 という観念は彼女たちには説得力がなったようです。
しかし私の精神構造とこの醜い外見をもってして低い身分という理解を示してくださいり、本当の屈辱とは何かを教えてくださった女王様が以前カキコミました環様でした。
環様は外見的には今風のくそ生意気な女性様で、大変な差別主義者でした。またお若いのもあってイケメン以外とは恋愛やSEXは自身はされない方でさらにいうならばブサメン・キモメンにはSEXする権利ならびに恋愛する権利を有していないとお考えになってる方でした。またブス(シコメと表現されてましたが)に対しても同様のお考えでまず外見ありきでかつ お金でそして性格というごくごくシンプルな考え方の女でした。
印象的なフレーズとしてはその環様曰く
「お前達(私のようなブ男と聡美のようなブス)下の身分の者は、私たち(環様や環様の彼氏様(または環のセフレ))上の者を楽わさせるために労働しそして上のものへ貢ぐことが義務であってまた本当のお前達下の者の幸せなんだよ」
というせりふです。私の人生の大きな転機だった教えでしたね
以上は、新着順101番目から120番目までの記事です。
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